占領史研究の開花

原稿を書き上げるのには丸3年かかった。英文で900頁近くになった。タイプライターで書いた。当時、使いやすいワープロは、まだ普及していなかった。マッキントッシュも、発明されていなかった。

この原稿はハナ博士、それから、名前は挙げないが、プリンストン大学の日本研究で著名な教授、スタンフォード大学教授、エール大学教授、フーバー研究所主任研究教授、そして、マイーヤーズ博士によって同時に読まれ検討された。

全員一致で「出版」が決定した。

この方式を「レフリー・システム」という。第三者の判断を仰ぎ、原稿に出版する価値があるかないかを決定する客観的な制度だ。これはアメリカの学界では当然のことであり、全ての学術論文の判定にもこの方式が使用される。

スタンフォード大学フーバー研究所出版から出た本のタイトルは Unconditional Democracy。

日本の「無条件降伏(unconditional surrender)」と「民主主義」とをかけたもので、「有無を言わさず民主主義化された」という強い皮肉を含んだタイトル。アメリカでは、このタイトルだけでも有名になった本だ。



アメリカの外交政策と

レジーム・チェンジ(Regime Change)


この本は、アメリカで公開された生の機密文書を使って書かれた最初の本である。出版されたのは1982(昭和57)年。2004年3月に、フーバー研究所からペーパーバック版が刊行された。22年も経過して、再版されたのは理由がある。

アメリカのアフガン戦争と占領、イラク戦争と占領が大混乱に陥り、無政府状態が続いている。大成功をおさめた「日本占領」をもう1度詳しく吟味すれば、アフガンとイラク占領に役立つものがあるのであろう、と期待をたくして、この本が再度出版されたのである。
 
私が翻訳したのではないが、大手町ブックスから『マッカーサーの犯罪』として、1983年に出版されたのはこの本だ。その直後から、日本からもアメリカ国内からも、学者たちから電話や手紙が沢山あった。占領関係の資料についての「教えを請う」ものだった。



占領の真実を知れ


『國破れて マッカーサー』は Unconditional Democracy と『マッカーサーの犯罪』を基に、戦後日本の原点、「占領」という悲劇をさらに明らかにしようと、私自身が全面的に書き改めたものである。

私がアメリカの生資料に重点を置くのは、アメリカが敗戦日本を独占し、好きなように操ったからだ。事実、占領中、日本での公用語は英語だった。即ち、日本政府の全文書、マスコミの全印刷物、NHKの全放送内容は英訳され、マッカーサーの司令部(GHQ)の判断を仰がねばならなかった。日本の政治家の発言、演説も全て英訳された。日本中が検閲された。

日本の政治家の誰それが、マッカーサーの日本壊滅戦略に奮戦抵抗した、と近年言われているが、マッカーサーは日本人の抵抗を「敗け犬の遠吠え」としてしか聞いていなかった。
 
アメリカが「占領劇」の主役だ。
アメリカが「戦後日本」の生みの親。

「日本占領」と「戦後」には同じ血が流れている。「占領」から脱皮しなければ、日本の成長はない。「アメリカ」から脱皮しなければ、日本は「国」にはなれない。アメリカの「文化力」に抵抗しなければ、日本文化は消滅する。
 
しかし、『國破れて マッカーサー』は、アメリカの悪口を言ったり、非難をした本ではない。「占領政策」がどのようなものであったかを、アメリカ政府の極秘資料を使い、赤裸々に記述したものである。

戦勝国アメリカの肩を持たない。
敗戦国日本の弁護もしない。
 
日本の読者が聞きたくも、見たくもないことが書かれているかもしれないが、事実の追求がこの本の「魂」だ。

これから続く章では、なるべく私見を挟むことを避け、「占領」の真の姿を忠実に記述するため、歴史的に重要な生資料だけで「話」を進めてゆくように努力した。
 
資料に存在しない架空の「会話」や「舞台」を作成するようなことはしない。
 
『國破れて マッカーサー』は、小説ではなく、書き替えることのできない現実の記録である。