マッカーサーのAbsolute Power


トルーマンは、マッカーサーに史上空前の全権を与えた。


⑴「天皇と日本政府の統治権は、連合国軍最高司令官としてのあなた(マッカーサー) に隷属する。あなたは、あなたの権力を思う通りに行使できる。我々と日本の関 係は条件付きのものではなく、無条件降伏に基づいている(Our relations with Japan do not rest on a contractual basis, but on an unconditional surrender.)。あなたの権力は最高であり、日本側に何の疑念も抱かせてはならぬ」

⑵「日本の支配は、満足すべき結果が得られれば、日本政府を通じて行われるべきで ある。もし必要あらば、あなたが直接に行動してもよい。あなたは、あなたの出 した命令を、武力行使を含め必要と思う方法で実行せよ」


ジェームス・バーンズ国務長官は、ワシントンでの記者会見(1946年3月5日)で、「マッカーサー元帥の権限はソ連の支配下にある満洲をも含め、日本軍隊のある全ての地域に及ぶ」と言った。

3日後、バーンズは「満洲は含まない」と訂正したが......。

マッカーサー元帥の補佐役として、国務省から東京のGHQ(連合国軍総司令部)に配属されていた政治顧問(国務省役人)のウィリアム・シーボルドは、「物凄い権力だった。アメリカ史上、1人の手にこれほど巨大で絶対的な権力が握られた例はなかった」と評した。

マッカーサーの絶対権力


アメリカ政府がマッカーサーの使命を定めた2つの重要文書がある。

⑴「日本降伏後初期のアメリカ政策」

これは、日本改革の「枠」を確立した。国務省、陸軍省、海軍省が合同で作成し、1945年8月29日に、フィリピンのマニラにいたマッカーサーに無線で伝えられた。

⑵「日本降伏後の軍政基本的指令」

マッカーサーのために、詳細な手引きが書いてある。国務・陸軍・海軍3省調整委員会(通常SWNCCと略される)が起草し、統合参謀本部が11月3日に承認した。

日本がマッカーサーの判断にゆだねられたことが、彼の権力を絶対的なものにし、事実、彼の個人的な考えが「法の力」を持った。彼が法であった。
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アメリカ上院のバーク・ヒッケンルーパー議員(アイオワ州選出、外交関係委員会)が1951年5月、マッカーサーに「日本で全権を持ち行動したのか」と尋ねた。

「その通り。私が日本人に出した様々な布告、声明、宣言について、私よりも上の権力にお伺いをたてることはなかった」とマッカーサーは答えた。