敗戦と武士道


小学生の頃、私は叔父や隣人に戦争の話をしてくれとせがんだ。

彼等は「勝ち目のない戦争を引き起こし、明治以来、日本が獲得した全てを失った」と敗けた指導者たちを非難した。

日本帝国がこれまで勝ってきた戦争には文句をつけなかった。さらに、彼等は、東條が自殺未遂をし、最も重要な名誉である「最期」を汚し、自宅でアメリカ軍憲兵に逮捕されたことに腹を立てていた。

「武士道」は、未だに日本国民の意識の底流に存在しているのだろう。

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民主主義へ忠誠


日本国民は、新しい指導者(マッカーサー)と新しい政治思想(民主主義)を受け入れた。国民の忠誠心と服従心は変わることはなかった。恰(あたか)も、「民主主義」に忠誠を誓うかのように......。

こうした日本人の性格は、民主主義を熱心に受け入れる姿勢は見せたが、アメリカが望んでいた「日本の政治的再教育」には役立たなかった。

日本国民が忠誠心を旧体制から新体制へ無批判に移したということは、状況次第で速やかに適応しうる日本人の性格を例証したにすぎない。日本人の民主主義への熱狂は表面的なものであったのだが、GHQの高官たちは殆ど気がついていなかった。

それどころか、この表面的な熱狂は、マッカーサーを喜ばせた。

GHQの指導


アチソンはトルーマンに、「アメリカ政府の指令を実行するために用いた戦術は、期待以上に成果を挙げています。現在、我々の政策は、期待を遥かに超えて大きな成功を収めております。その成功への重大な障碍が起こるとすれば、それは経済的なものでしょう」と報告している。

この眩(まばゆ)いばかりの成功は、誰によって齎(もたら)されたのか。


「マッカーサー元帥が注意深く、過激にならず、知恵と洞察力をもって推し進 めた結果です」とアチソンは断言した。


しかし、エマーソンは「現実」を見ている。


「GHQによる検閲、および日本人の権力者に諂(へつら)う態度が、占領政策への批判を圧えた。日本国民は、マッカーサーの権力は避けられないもので あり、アメリカ人の意志に従って動くのが最も安全であると考えている。このような態度が征服者への無気力な依存を促進している。だが、こうした風潮なので、日本人は我々の教育と指導を受け入れる用意ができている」


このアメリカの「教育と指導」は、マッカーサー民主主義の隠された作戦、「思想の検閲」となって浮上した。