南京大虐殺

アメリカでは、中国系アメリカ人、アイリス・チャンの書いた The Rape of Nanking(南京大虐殺)がベスト・セラーである。

美女のチャン女史は、2004年11月9日に、カリフォルニア州サンホゼ市(自宅)の郊外で、自分の車の中で、拳銃で頭を撃ち自殺した。うつ病が原因だと言われている。

アイリス・チャン女史の銅像(フーヴァー研究所公文書館)
62.org.JPG(写真:著者撮影)


中国・上海も日本攻撃に出る。

1998(平成10)年7月7日、七夕の日、盧溝橋事件の61年目の記念日、中国で全国統一大学入学試験が行なわれ、上海地区の国語の試験で、この映画「プライド 運命の瞬間」が作文問題として出た。上海での受験者は4万5560人、全国では計320万人。

中国の国営通信社である新華社電(東京発)が「日本で東条英機を美化する映画を上映」と記事を書き、これが5月9日付の中国各紙に掲載された。「......日本は無罪と主張する。戦犯東条英機を褒めたたえ、南京大虐殺を否定するなど、日本が引き起こした侵略戦争を否定、美化するものだ」という記事である(『朝日新聞』7月9日)。

歴史は「真実」を探求するためにある


日本国民の精神文化に多大な影響を与えた「東京裁判」を再考する動きが、戦後50余年経った日本で起こるのは当然であり、それは東條個人を美化するためのものではない。国の歴史を振り返り、国運の興亡につき、新しい世代が再考察をして何が悪いのか。

国の歴史とは、国民の夢とロマン、栄光と失望、誇りと屈辱を顧みることである。この弛まぬ探求により、我々の精神文化は浄化され、本質が純粋な形として浮き上がり、我々も「真実」に近づいてゆく。

隣国に、アメリカに、とやかく言われることでもなく、文句を言われたからといって、我々が慄いて急ブレーキをかけ、健全な考察を中止することでもない。

諸外国が東京裁判について、今でも異常に神経過敏になっているのには、それらの国々の歴史認識の裏側に、何か後ろめたいものが、亡霊のように、東京裁判に関わった全ての国々を脅かすからだろう。