食糧か、兵隊か


マッカーサーは、陸軍省には強烈な電報を送った。

「食糧を送るか、兵隊を送れ」。

飢えた国民の度重なる食糧要求デモは、マッカーサーをひどく苛立たせた。

5月19日、約25万人のデモ隊が再度皇居前に集結した。天皇が何を食べているかと、強引に皇居の台所に侵入する者が出たり、吉田首相の官邸に乱入する者が出たりした。


74.org.jpg

マッカーサーは、日本人の暴動には我慢ならなかった。社会的平静を保持しているという彼の統治の体裁をぶち壊すことになる。自尊心が許さない。

翌日、マッカーサーは警告を発する。

「組織された扇動の下で、集団的暴行と暴力による脅迫への傾向が増大しつつある。これは日本の発展のため重大な脅威を齎すので、日本国民に十分に注意をするよう警告する」

「民主主義による合理的な自由はこれまで全て許されていたし、今後も許されるであろう。規律なき一部分子が現在行なおうとしている暴力の行使は許されない」「占領の基本的目的と連合国軍の安全をも脅かすからだ」「少数分子どもが、この最低限度の自重をしなければ、私はかかる憂うべき事態に対して、しかるべき措置をとらざるを得なくなろう」と威した。

「組織された扇動」「規律なき一部分子」「少数分子ども」という言葉は、攻撃的な日本の共産主義者たちを指していた。

ソ連の反対


翌々21日、待っていましたとばかりに、対日理事会のソ連代表クズマ・デレビヤンコ中将は、マッカーサーに、「貴殿の声明に関するより詳細な情報が欲しい。日本国民には、占領体制への脅威の兆候など見られない。もし、そのような兆候があるとすれば、問題の声明は貴殿ではなく、対日理事会から出されるべきものだろう」と攻撃に出た。

翌22日、マッカーサーの政治顧問アチソン(対日理事会議長)は、デレビヤンコに、「貴殿は明らかに元帥の声明を誤解している。

マッカーサー元帥の行動は、占領体制と占領軍を保護するために取られた安全上の措置である」と素っ気無く返答した。

アチソンの言い分は説得力に欠けていた。

占領軍は、竹槍(たけやり)さえ持たない日本国民が、食糧要求デモを起こしたぐらいではびくともしない強力な軍隊だった。薮蚊(やぶか)が騒いでいるぐらいのものだった。