マッカーサー声明の真意


マッカーサー声明の理由は、アチソンとマッカーサーがともに抱いている「共産主義、ソ連、デレビヤンコ大嫌い」を公表しただけのことだった。

アチソンは、バーンズ国務長官に本音をぶちまけた。

「デレビヤンコと400人以上にのぼる彼のスタッフは、日本におけるアメリカの力に対し、不平不満を絶えず宣伝し続けてきました」

「デレビヤンコは、日本人の間に不和をまき散らすことだけに熱心で、過激な共産主義宣伝活動を行ない、我々から不必要な情報提供を要求したり、激しい批判的声明を出すなどして、対日理事会をマッカーサー元帥を尋問する場として利用することに没頭しております。彼の手下どもは、日本人を扇動し、集団暴力行為をやらせようとし、彼自身、日本の共産主義者によるデモを公然と弁護し、対日 理事会での演説や、元帥宛の書状などで、日本政府や議員たちを〈反動勢力〉として執拗に攻撃しております」

さらに、アチソンを怒らせたのは、イギリス連邦の代表で、オーストラリア人のマクマホン・ボールが、デレビヤンコに同調する気配を見せることだった。

「彼は常にソ連代表を支持し、ソ連代表から賞賛の笑みを受けて喜んでいます」とバーンズ長官に報告した。

共産党は飢餓を利用


GHQの対敵諜報部(Counter Intelligence Section, CIS)の調査では、1945年9月から1946年5月までの間に行なわれた食糧要求デモで、「脅威的」なものは僅か20件だった。

アチソンはバーンズ長官に、「これら事例の1つ1つは食糧不足に対する日本国民の強い不満の表れでしょう。当然のことですが、こうしたデモは、日本共産党員によって組織、指導されたものであり、騒乱と暴力行為の増大化を示しておりましたので、マッカーサー元帥の適切な声明は、日本国民に抑制効果をもたらしました」と報告した。

日本の飢餓が共産党に利用されているというマッカーサーの判断は、日本国民にとって不幸だった。しかし、アメリカ政府は、日本国民から食糧要求デモ以上のものを予期していた。


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アイゼンハワー参謀総長からの、マッカーサー元帥宛の極秘電報(1945年9月24日付)がそのことを示している。占領が始まって僅か1カ月目のことである。アイゼンハワー(トルーマンの後、大統領になる)は、トルーマンの同意を取った後、命令を出す。

日本国民、または日本政府が、封建的で絶対主義の風潮を修正するために武力を使っても、占領軍の安全を脅かさず、占領の目的達成の妨げにならなければ、最高司令官(マッカーサー)は干渉すべきではない」

日本国民が国内で武力革命を起こすことも期待していたのだ。

マッカーサーは、上官の命令を無視した。