原爆投下を非難


マッカーサーが「日本の将来について自由な論議をせよ」と言ったのは、日本国民の間で日本帝国の「偶像」、天皇に対する批判が巻き起こることを期待したからだ。

ところが、『朝日新聞』(9月14日付)は、天皇批判ではなく、「原子爆弾の非人道性はもとより全人類の認めるところである。われわれは敢然とその非を鳴らさなければならぬ」と断言した。

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9月16日、GHQは「比島(フィリピン)戦における日本軍の典型的残虐行為」という報告書を日本で大々的に公表した。

日本占領下のフィリピンでの日本兵の残酷さが、犠牲者の「告白」により、暴露されたという「事実」を羅列(られつ)したものだ(『讀賣報知』、1945年9月16日付に詳しく掲載してある)。

勇気ある『朝日新聞』、GHQを非難


翌日、『朝日』は論説を混ぜた記事で意見を吐いた。

「今日突如として米軍がこれを発表するにいたった真意はどこにあるかとい うことである」「聨合軍上陸以来若干の暴行事件があり、......暴行事件の報道と、日本軍の非行の発表とは、何らかの関係があるのではないかという疑問を洩(も)らす向もある」「日本軍の暴虐は比島における民心をつなぎ得なかった一原因であった......この点は若干事情を異にするとはいえ、今日日本における聨合軍についてもあてはまることであり、日本が新たな平和への再出発にあたり、聨合軍側があくまで人道に立って正しく行動してもらいたいと要望している」(原文は旧かな)

『朝日新聞』は勇気があったのか、マッカーサーを知らなかったのか。フィリピンはマッカーサーの「第2の母国」だ。

『朝日新聞』、発行停止処分


翌日、マッカーサーは、『朝日新聞』を2日間の発行停止処分にした。『朝日新聞』は、1945年9月19日、20日、印刷されていない。

マッカーサーは、9月15日から発行を開始した『ジャパン・タイムズ』(英文紙)について、好ましからざる社説のゲラ刷りを提出しなかったとして、発行を1日停止した。