わが親愛なる元帥様



鳩山に代わって首相の座についたのは、吉田茂(67歳)。

日本の保守層の共産主義に対する恐怖心を端的に表わしたのは、吉田首相の1946年11月27日付のマッカーサー宛の書簡だった。

「わが親愛なる元帥様」で始まるこの書簡で、吉田は検討中だった刑法草案に「不敬罪」を加えるよう強く求めた。

「日本における天皇の地位は、まことに崇高であり、天皇が日本人の精神的、道徳的崇拝の中心であることは否定できません。天皇に対する暴力行為は、国家に対する反乱という性格を持っており、一般国民に対する暴力行為よりも厳しい罰則があってしかるべきと考えます」

「より厳しい罰則は、日本国民の倫理観からみても自然であり、これは皇室全体についても当てはまります」


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吉田は自分が大使として赴任していたイギリスを引き合いに出し、「イギリスのような君主制の国ではどこでも、国家元首に対する暴力行為は特別の条項を設けております」と訴えた。

吉田の訴えは、日本の検察当局が『アカハタ』の編集局長を含む日本人5人に対する不敬罪容疑を起訴取り下げにし、それをマッカーサーが評価した直後であった。


マッカーサーからの返書


マッカーサーは異例の長い時間(3カ月)をかけて検討し、1947年2月25日、吉田に返書を送った。

「天皇には、一般国民に与えられる法律上の保護と全く同じ保護のみが与えられる。さもなければ、国民は法の下に平等である、との基本理念に背くことになる」「まして天皇以外の皇室メンバーに特別の保護を与える理由など全くない」

マッカーサーは吉田の「理論」を逆手にとって、「あなたが指摘するように日本国民の天皇に対する尊敬と愛情が十分な砦となるので、封建的な宗主権に類似するような刑法上の特別条項は必要としない」。

天皇への「不敬罪」は、

「日本国民の倫理観からすれば当然かもしれないが、天皇自身が1946年1月1日の布告(人間宣言)の中で、日本人の倫理観は、世界的に認知された倫理観とは大きくへだたっている、と認めているではないか。また、あなたが例として引き合いに出した国の法律には、元首に関する特別の条項はないし、日本の置かれている現状とイギリスを比較することはできない」

と説教した。

最後に、「アメリカの経験から見ても、元首に対する犯罪も一般の刑法によるのが適当だ」と断言し、不敬罪に関するあらゆる罰則を廃止せよと命じた。