著名な教育学者たち


教育使節団団員の名前と任命時の肩書きを掲げる。当時、アメリカでは著名な教育学者たちである。

ウィルソン・M・コンプトン...ワシントン州立大学学長

ジョージ・W・ディーマ...中央ミズーリ州立教育大学学長

フランク・N・フリーマン...カリフォルニア大学教育学部長

バージニア・ギルダースリーブ...バーナード大学学部長

ウィラード・E・ギブンズ...全米教育協議会事務局長

ミルドレッド・マカフィー・ホートン...ウェルズレー大学学長

T・V・スミス中佐...シカゴ大学哲学教授

デービッド・H・スチーブンズ...ロックフェラー財団人文科学部門(以前日本に滞在した経験あり)

アレクサンダー・J・ストッダード...フィラデルフィア市教育長

ウィリアム・C・トロウ...ミシガン大学教育心理学教授

以上の団員は、マッカーサーのリストに掲げられ、使節団参加の招請を受諾した人たちだ。


国務省による指名者


国務省は「教育使節団の構成を完備するために」、次の顔ぶれに参加を招請した。

ハロルド・ベンジャミン...アメリカ政府教育庁国際教育局長

レオン・カーノブスキー...シカゴ大学図書館学部大学院副部長

ジョージ・S・カウンツ...コロンビア大学教育学教授、アメリカ教職員連盟副会長

ロイ・J・デフェラリ...カトリック大学事務局長

カーミット・イービー...CIO(産業別労働組合会議)研究・教育部長

アーネスト・R・ヒルガード...スタンフォード大学心理学部学部長

フレデリック・G・ホックワルト...モンシニョール(カトリックの高僧に与えられる尊称)全米カトリック教育協議会

チャールズ・イグリハート...ユニオン神学校元教授、メソジスト基督教会の日本派遣教 師、CIE(民間情報教育局)顧問

チャールズ・S・ジョンソン...フィスク大学社会学教授

アイザック・L・カンデル...コロンビア大学比較教育学教授

チャールズ・H・マックロイ...アイオワ大学体育学教授

E・B・ノートン...アラバマ州教育長

パール・ワナメーカー...ワシントン州社会教育局長

エミリー・ウッドワード...ジョージア州教育長

この24名に加え、国務省から、国際情報文化局のゴードン・T・ボールズ博士とポール・P・スチュアート、徴兵局から軍事連絡係として、ジョン・N・アンドルース大佐が団員として、参加した。全27名、女性は4名。

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日本側カウンターパート


教育使節団の結成が行なわれている時に、マッカーサーは、1946年1月9日、この教育使節団と協力すべき「日本側教育家の委員会」の設置を日本政府に命じた。

この日本側委員会が、「教育刷新委員会」となってゆく。

南原繁東京帝国大学総長が、「日本側教育家の委員会」委員長に任命され、文部省もこの使節団用の事務局を設置し、山崎匡輔文部次官がその局長になった。