『アカハタ』発禁


1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発した。

翌日、マッカーサーは、吉田に『アカハタ』の発行を30日間禁止するよう命じた。『アカハタ』の「報道の自由」は、一瞬にして、掻き消えた。

同じ日、警察は全国全ての共産党組織を襲って、捜索した。共産主義を撃退しようというマッカーサーの決意は、政治に口を出させないことになっていた天皇を喜ばせた。



秘密報告の中の陛下


シーボルド政治顧問(外交局長)は、国務省に秘密報告を送り、

「天皇に近い二つの消息筋が、秘密であることを条件に、私に話してくれたのは、天皇がこのアメリカのとった速やかな措置に対して心からの感謝を示しており、日本政府もマッカーサーと同じ趣旨の公式声明を出したほうがよいのではないかと仄めかしたことである。日本政府は、占領されている立場上、調子に乗って朝鮮戦争に介入することができないと感じているようだ。だが、天皇は可能な限りアメリカを支援するという純粋な気持ちは確実に持っている」

と伝えた。

302.png

マスコミのアカ狩り


7月18日から、共産主義を少しでも匂わす出版物は無期限に発行禁止となった(『アカハタ』は、占領が正式に終了した3日後、1952年5月1日に、発行を再開した)。

マスコミの赤狩りも徹底していた。各々の報道機関は、社内にいた共産主義者を解雇した。

『朝日新聞』72人、『毎日新聞』49人、『日本経済新聞』20人、『東京新聞』8人、「NHK」99人、「時事通信社」16人、「共同通信社」33人。