無防備平和論


日本を脅かしていたのは、共産主義だけではない。

占領政策の成功の証である「平和主義」もそうであった。

というのは、マッカーサーは、無防備平和主義が日本国民の心に浸透しすぎると、日本は将来、アメリカにとって使い物にならないのではないかと心配し始めた。

自分の成功が自分を縛りつけるとは思ってもみなかったのであろう。



インテリたちの共産党


平和主義に甘える時代は終わり、日本は共産主義に対決して、新たな闘いに備えなければならないのだが、「日本の秀才」と呼ばれる若者たちは、共産主義が好きなようである。

日本人キリスト教牧師が、GHQに提出した報告によると、1948年、東京大学法学部の受験生に、「日本の将来」をテーマにした小論文を書かせたところ、「70パーセントが共産主義を好み、20パーセントがニヒリズム(虚無主義)を選び、わずか3パーセントがキリスト教を信奉した」。

この牧師が、日本の改革を「共産主義対キリスト教」の観点から見たことは、占領政策の本質を突くもので、マッカーサーも全く同感であった。



教育界に吹き荒れた赤狩り


GHQは、この数字を、小・中学校の教師たちが、純粋な生徒たちに共産主義を吹き込んでいたことを証明するものであると受け止めた。共産主義者たちの追放を正当化できる数字であると見た。

日本の教育界で「赤狩り大将」だったイールズ博士の調査報告には、「1948年、約1200人の共産主義の教師、または共産主義とみられる教師が、辞職を勧告され、その殆どが辞職した」とある。

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辞職した教師1200人というのは、1948年当時の、小・中・高校の教職員総数58万8569人の僅か0.2パーセントに過ぎない。それでも、この数字は危機的に高いと見做された。

しかし、教育界の「反共教育」は、1950年朝鮮戦争を機に始まったのではない。アメリカは、占領開始時から「反共産主義」であった。