デュペル講演の評価


デュペルの講演は、GHQ内で大歓迎を受けたわけではない。

CIEの教育部のD・M・タイパーは、オア部長にメモを送り、

「我々はGHQの反共支部になるべきではありません。歴史的に重要な実験と取り組んでいるからです。我々の行動は、歴史の試練に合格するように毅然としていなければなりません。無駄な名指しの非難は時間の浪費です」

と警告した。



暴力革命


歴史に耐えるのも大切だが、もし現在の脅威、共産主義が「政治的に無知な日本人」を洗脳し、征服してしまえば、歴史の評価にかけるものは何も残らないのではないか。

CIEのルーミスは、このまま放っておけば、日本は「暴力的な革命の危険と封建制へ戻る危険」に曝されるだろう、とオアに忠告した。

CIEが描いた日本共産党による「暴力革命」という最悪の未来図によって、レッドパージは正当化された。

313.jpg


民主主義教育の徹底


タイパーの賢明な警告は、レッドパージの熱病に取り憑かれたGHQでは無視された。1949年5月10日、軍政部の教育担当将校と日本人の教育政策担当者50人が日光で会合し、反共教育計画を作成した。

ニュージェントは、新しい文相、高瀬荘太郎に定例会議(6月30日)の席上、アメリカ政府は優秀な日本人学生にアメリカで勉強するための全額奨学金を出す、と伝えた。

ニュージェントは、これを「民主主義に対する投資と考えている」「選ばれる学生は共産主義者でも、共産主義的組織のメンバーであってもならない」と言った。



フルブライト奨学金の前身


マッカーサーが日本を世界から隔離し鎖国状態にしている時、海外に行ける唯一の奨学金は、政治活動をしている多数の優れた学生を完全に除外した。

第一回ガリオア留学生選抜試験が、12月1日に、全国7会場で行なわれた。

6491人が受験し、142人が合格した。翌年、合格者は軍用機で渡米した。

このガリオア奨学金が、後のフルブライト奨学金となる。