大演説


新潟大学でイールズは、アメリカ教育政策委員会のメンバーには「ハーバード大学のコナント総長やコロンビア大学のアイゼンハワー総長」が入っており、トルーマン大統領も委員会の報告を承認した、と述べた。

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トルーマン大統領

有名な名前で日本人の聴講者を説得するつもりだったのだろう。

法政大学の演説(1949年10月29日)では、マルクス主義の研究で一世を風靡した著名な哲学者シドニー・フックも、共産主義者が「アメリカの公立校や大学で教壇に立つのは不適当」と言っている、と発言した。



文相によるイールズ支持


高瀬文相は、「共産主義教授は不適格」とイールズを支持した。

高瀬文相は、自分の本当の信念、「共産主義者であるが故に追放されることはない」という発言を、CIEの圧力で引っ込めさせられた。

しかし、イールズも「共産党は日本では合法であり、国会に議員を送り出しており、大学の自由も新憲法で保障されている」と自覚していたので、自分の考え方に深い落とし穴があることには気づいていた。

この落とし穴に落ちるのは、自分自身かもしれない、と解っていながらも、彼の共産党撲滅の情熱は冷めることはなかった。



青少年教育主任の援護


「GHQの反共支部になってはならない」と警告していたタイパーも、イールズ博士の反共作戦に加わり、彼と共に「共産主義との闘いでは大学に集中的努力を払うべきだ」と説いた。

「大学の自由についての考えを、私は1949年11月から1950年5月にかけて行なわれた一連の大学校内の講演で繰り返した」とイールズは回想している。

この6カ月間に、イールズとCIEのスタッフは、2日間に亘る会議を30回も全国で開いた。