退任演説


マッカーサーは、4月19日、午後12時30分から、アメリカ議会の上・下両院の合同会議で、今でも語り継がれる伝説的な名演説を行なった。

「Old soldiers never die, they just fade away.(老兵は死なず、ただ消えゆくのみ)」の台詞で終わった38分間の名演技は、全員出席の上・下議員を熱狂させた。

深い感動に打たれた議員たちは、全員総立ちで、割れるような大喝采でマッカーサーに応えた。

367.png


マ元帥記念館構想


この名演説の中で、マッカーサーは「私は日本国民ほど清らかで、秩序正しくかつ勤勉な国民を他に知らない」と日本人を褒めちぎった。

著名な日本人たちが「マッカーサー神社」を建立しようと話し合った。

「マッカーサー元帥記念館」と仮名を付けられたもので、建設発起人として、秩父宮両殿下、田中耕太郎(最高裁長官)、金森徳次郎(国立国会図書館長)、野村吉三郎(元駐米大使)、本田親男(毎日新聞社長)、長谷部忠(朝日新聞社長)らが名を連ねている。

金森は、「元帥の功績を永遠に記念するため威厳と美しさを備えた喜びと教養の殿堂にしたい」と言った。


手応え


長谷部が、4月11日(マッカーサー解任の日)に、この計画についてマッカーサーの考えを聞くため打電した。

4月23日、ホイットニー前民政局長から「元帥はこの申し出について非常に光栄に思っている」との承諾の返電がアメリカから送られてきた(『朝日新聞』1951年4月25日)。