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From:岡崎 匡史
研究室より

4月29日は「昭和の日」です。
「昭和の日」と呼ばれる以前は、何と呼ばれていたのでしょうか?

「みどりの日」です。

では、「みどりの日」と呼ばれる以前は、何と呼ばれていたのでしょうか?

「天皇誕生日」(昭和天皇の誕生日)です。

では、「天皇誕生日」と呼ばれる以前は、何と呼ばれていたのでしょうか?

「天長節」です。

占領と祝日

どうして、「天長節」が「天皇誕生日」と変更になったのでしょうか?

連合国軍総司令部(GHQ)が、日本政府に改正を命じたからです。

日本の休日には神道的意義がある。GHQは天皇の神格化、国家神道の侵略的・国家主義の発露と見なしたのです。

祝日名の変更は「天長節」だけではありません。

たとえば、、、

「春季皇霊祭」⇒「春分の日」
「秋季皇霊祭」⇒「秋分の日」
「紀元節」⇒「建国記念の日」(2月11日)
「明治節」⇒「文化の日」(11月3日)
「新嘗祭」⇒「勤労感謝の日」(11月23日)

戦前では、「祝日」とは祭祀を行う日である「祭日」でした。
GHQによる祝日の名称変更は、神道の儀式を強く意識した表れです。


神話

占領下の日本政府は、GHQの命令に言いなりだったのでしょうか?
何も言い返せずに、唯々諾々と従ったのでしょうか?

幣原内閣で文部大臣に就いていた安倍能成(あべよししげ・1883〜1966)は、気骨のある政治家です。GHQの祝日変更に抵抗します。


「神話と歴史は混同されてはならないが、神話もまた存在理由がある。どの国でも古代は神話につつまれているのが常であり、日本の国もまた、たとえ2600年でないまでも、非常に古い国であることはたしかであろう。また皇室を常にその中心として来たことも、たしかである。ゆえに、その意味で紀元節を記念し、さらに新しい日本の建設という意味で、この日を祝うべきである」


「紀元節」とは、日本の初代天皇・神武天皇が即位したとされる日。アメリカにとって「独立記念日」(7月4日)が重要なように、「紀元節」は日本の存立に関わる大事な日です。

安倍文相は、日本の「神話」を保持していくと腹をくくります。

日本の国会議員有志も「紀元節」を残すべきとGHQに懇願。「紀元節」の維持を訴えます。


「日本の歴史教科書は神武天皇から始まっており、子どもの両親は、神武天皇のことが歴史教科書に書かれていることを知っている。それなのに、どうして紀元節が削除されたのかという議論を理解できないであろう」

GHQは、この訴えに返答します。

「解決は簡単だ。教科書を書き直せばよい。」

すなわち、神武天皇の記述を教科書から削除すれば、紀元節の問題も解決する。こうして、日本の「神話」を破壊したのです。


1952年に独立を果たした日本。
2000年に、祝日の一部を月曜日に移す「ハッピーマンデー」を導入、、、

戦後の日本は、どこかおかしくないですか?

日本の祝日の意義は、日本人の手によって失われかけています。


ー岡崎 匡史


PS.
以下の文献を参考にさせて頂きました。
神谷美恵子『神谷美恵子著作集9 遍歴』(みすず書房、1980年)
神社新報社編『神道指令と戦後の神道』(神社新報社、1971年)
GHQ/SCAP『GHQ 日本占領史 第21巻 宗教』(日本図書センター、2000年)
"Memorandum for the Chief of Staff, Subject: Abolition of Certain Japanese National Holidays," 27 May 1948, William K. Bunce Papers, Truman Library, Missouri, Box 1-3.