学生ビザ


この会話の後、ワシントン大学へ「行きます」と返事をしたら、「学生ビザ」を米国大使館から取るのに必要な「I・20」(アイ・トゥエンティと発音)という書類を送ってきた。

このI・20を持って日本政府(外務省)に旅券(パスポート)を申請した。当時の旅券は黒色の本革で、私の姓名、生年月日等は全て手書きの花文字で記入してあった。

海外へ出る日本人が少なかったので、外務省では手書きで十分処理できたのだ。それまで見たこともなかった旅券には風格があり、非常に大事なものという威圧感もあった。


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領事館面接


この威厳ある旅券と「I・20」を携えて、神戸の米国領事館へ「学生ビザ・F・1」をもらいに行かなければならない。

「領事館で、英語で、インタビューがある。英語力を試すそうだ。出来が悪いと学生ビザが下りない」と脅されていたので、ビクビクしていた。私は濃紺のブレザーで正装。5分間待たされた。

「ハロー!」大声を出しながら、赤ら顔の、茶色髪に金髪混じりの30代半ばの男がニコリとして手を差し出してきた。握力が強い。負けてたまるか、私も握り返す。

動作がきびきびとしていて、現役の運動選手か、軍隊の将校であったかのような雰囲気を持っていた。

「ハロー!ハウ・ア・ユー?」と彼より大きな声で挨拶した。

彼はニタッーと笑い、「私は副領事」と(多分)言ったので、私も「アイ・アム・ア・スチューデント」と返す。


必勝インタビュー


次が「アメリカへ行けるか、行けないか」の必勝インタビュー。場所は副領事室の中。

副領事「プリーズ・シット・ダウン」

私「サンキュー」

副領事「どちらへ行かれるのですか?」

私「アメリカ!」

副領事「イエス!アメリカのどこですか?」

私「ワシントン大学です!」

副領享「グレイト!グッド・ラック!」

私「サンキュー・ベリー・マッチ!」

副領事は、おもむろに私の旅券に「学生ビザ」を書き込んでくれた。

私はニコニコしていた。思い返せば、彼は私の英語力(皆無)を試していたのではなく、留学に対する勢いを評価してくれたのであろう。

西鋭夫著『日米魂力戦』

第1章「遊学1964年」-5