ベトナム報道


毎朝、毎夕、全米三大テレビ・ネットワーク(ABC、NBC、CBS)のニュースで従軍記者による実戦の生中継が行われ、全米釘付けである。20歳にも満たない若い米兵が次々と戦死していった。

死体は戦場で黒いゴム製の袋(ボディー・バッグ)に入れられ、野営病院で白いアルミニウムの柩に移された後、戦死者全員が国旗(星条旗)に包まれた棺で本国へ帰ってくる。全て全米で放映された。

宣戦布告のないこの戦争での米兵戦死者数は、5万8229人。戦傷者、30万3000人強。


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枯れ葉剤投下


米空軍は巨大な爆撃機B52(ボーイング社製)を使い、第2次世界大戦で米空軍が使用した爆弾総量より3倍も多くの爆弾(700万トンの高性能爆弾)を小さな農業国ベトナムに投下した。

さらに、深い密林に潜んでいる北ベトナム・ゲリラ「ベトコン」の隠れ場をなくすため、猛毒ダイオキシンの枯葉剤7500万リットルを集中豪雨のごとく降らせた。枯葉剤はドラム缶に入れられ、目立つオレンジ色の帯が巻いてあったことから、「エイジェント(薬剤)・オレンジ」と呼ばれた。

枯葉剤を撒いた米兵と、それを浴びたベトナム人たちは、人間の遺伝子を変異させるダイオキシンの後遺症で今でも悲惨な日々を送っている。


反戦勉強会


ベトナムで、米兵たちは惨めな現実から逃避するかのように、麻薬、とくに大麻・マリワナを使いはじめた。兵士の間ではタバコよりもマリワナを吸っている者が多いと報道された。

悲劇は遠く離れたベトナムだけではなく、富める社会を破壊し始めた。大学ではベトナム反戦デモで授業にもならず、毎日のように多数の学生と教授たちが参加する「ティーチ・イン」と呼ばれた「反戦勉強会」が開かれ、反戦運動もデモ行進から暴動へと過激化してゆく。


西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」-2