麻薬社会


1964年、緑のワシントン大学は牧場のようにおおらかで、「学生運動」という言葉もなかった。日本で1960年の安保反対運動を体験した私は、「アメリカの学生は政治音痴か」と疑っていた。

ところが1966年頃からワシントン大学で反戦デモがない日はなかった。学生たちもキャンパスで、タバコよりもマリワナを吸いはじめ、週末のパーティーへ行くとマリワナの煙がもうもうと立ち込めていた。

教授たちまでもが公然と吸っており、罪悪感のかけらもなかった。この時から麻薬が社会の全階級を侵し始めたのだ。


ヒッピー


戦争を止めようともしない政府(ジョンソン大統領及びニクソン大統領)に対して若者たちは、「権力体制」に対してすさまじいまでの不信感をあらわにし、「30歳以上の者を信用してはいけない」というセリフが有名になった。両親さえも不信の対象になってきた。

既成概念を打ち破ることに快感を感じているかのように振る舞っていた「ヒッピー」と呼ばれた若者たちにより、「文明開化」が起こったのもこの時代である。

イギリスから渡米してきた「ビートルズ」もこの新文化の波に乗り、世界に躍り出た。「花はどこへ行った」が反戦フォーク・ソングの象徴的な歌となり、大学の反戦集会で必ず歌われた。次々と反戦フォーク・ソングが大ヒットし、音楽の世界も変わってゆく。


ベトナム戦線の拡大


中産階級の息子たち(大学生)が徴兵されだした。それまでは経済的に貧しい家庭(特に黒人)の息子たちが兵役につき、ベトナムへ送られていた。ベトナム戦線が拡大するにつれ、裕福で政治力を持った階級の息子たちも徴兵され、戦死か負傷して帰国する。


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白人兵戦死・5万112名。黒人兵・7264名。アメリカン・インディアン兵・226名。アジア系兵・115名。



西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」−3