疲れ切ったジョンソン大統領


1968年3月31日、ジョンソン大統領は「次期の大統領選挙には立候補しない」と全米テレビ中継で発言した。選挙に勝てないと自覚したのだ。

悲しみと挫折感で疲労困憊していた大統領の表情をテレビで見た。

才能ある政治家が「正義」と信じた政策を強引に推し進めたことにより、己の愛する国が地獄へ落ちてゆくのを見なければならなくなったことは痛恨の悲劇であったろう。疲れきったジョンソンは空爆を中止し、パリで北ベトナム代表と和平会議に入ることに同意した。


暗殺


その4日後、4月4日、黒人差別をなくすための勇気と雄弁で米国史上に残るキング牧師が、テネシー州のメンフィス市で白昼ライフル銃で暗殺された。


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6月5日、ロサンジェルスでケネディ大統領の実弟ロバート・ケネディも拳銃で頭を撃ち抜かれ暗殺された。ロバート(愛称ボビー)は次期大統領確実と言われていた。

私は大好きだった。

フランス軍、日本軍、そしてアメリカ軍と戦ったホー・チミンが1969年に死去した。


ニクソン登場


(14)1969年、リチャード・ニクソン(共和党)が大統領になる。9年前、ケネディに敗れたニクソンが返り咲いた。

ニクソンは「ベトナム戦争を速やかに終わらせ、アメリカに平和と繁栄をもたらす」と公約し、精神疲労を起こしていた米国民の期待を背負って、大統領になった。

だが、ニクソンは戦争を終わらせようともせず、ジョンソンと同じように勝とうとする。

B52(大型爆撃機)による徹底的な空爆を再開し、ベトナムだけでなく、カンボジアとラオスの領土にまで暴風雨のような高性能爆弾とエイジェント・オレンジ(枯葉剤・ダイオキシン)を降らせ、さらに増兵した。

西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」−18