クメール・ルージュ


米空軍によるカンボジア空爆が、クメール・ルージュという原始的な共産主義者のテロ国家を生み、中国の支援を受けたクメール・ルージュは、気が狂ったかのようにカンボジア国民を虐殺した。

その数150万人と言われる。美しいカンボジアを死の静寂と死体の異臭が漂う国へと変えていった。

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大空爆で「ベトナムを石器時代に逆戻りさせる」と公言するアメリカの将軍たちもいた。米兵は56万人まで増えた。南ベトナム軍は浮足だっており、ベトナム戦争はアメリカの戦争であった。


中ソの動き


ソ連と中国は、天敵アメリカの悲劇に追い打ちをかけるかのごとく、北ベトナムに武器弾薬を供給し、ソ連製のミグ・ジェット戦闘機も北ベトナム軍の武器として登場した(ソ連と中国は、国民に十分食べさせるだけの食糧もないのに、軍事拡大にとてつもない金額を使っていた。そのため、ソ連は金がなくなり、崩壊し、貧しいロシアとして今やっと生きている。中国はソ連の二の舞になるのではないかと恐れ、日本からODA援助金を巻き上げながら懸命に市場経済への転換を試みている。

共産主義の下で貧しかった人々が金を持つと、今度は自由が欲しくなり、共産主義を嫌いになる。中国にとって危ない綱渡りだ)。


ベトナム戦線の拡大


ベトナム戦線はついにカンボジアとラオスへと拡大してゆき、米国内での反戦運動の火に大量の油を注ぎ込んだ。

暴動が各地で再発し、爆弾テロの集団が暗躍しはじめた。

徴兵通告を受けとった若者たちは、その通告を公の場で燃やし戦争反対を表明した。ワシントン大学でも徴兵通告を燃やす学生がいた。

良心の叫び声であるかのように反戦フォーク・ソングが全米に響き渡っていた。


西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」−19