敗走


米軍も逃げる。

ジェット機やプロペラ機が次々と着陸し、ベトナム人たちを乗せては飛び立っていった。離ればなれになってゆく家族は、悲痛な叫び声で最後の別れをしている。

自分が乗れないと分かった母親は、滑走を始めた飛行機に全力で走り、両腕に抱えていた赤ちゃんを、開いていた入口に立っていた米軍将校に万感の想いを込めて手渡した。悲劇はまだ続く。


撤退命令


(19)総崩れになった南ベトナム兵たちは、武器を投げ捨て軍服を脱ぎ捨て、避難民の群れに交じり込み、サイゴンに向けて逃げてくる。

追跡して来た北ベトナム軍がサイゴン市内に入って来た。勝利確実の自信に満ちた北の戦車が轟音をたてて米国大使館を目指し猛進してくる。

動転した米大使はうろたえ、「まだ大丈夫」と言うだけで総引き揚げの決断が下せない。次官たちが軍用ヘリコプターで総撤退の命令を出した。

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プノンペンからタイに脱出したアメリカのディーン大使


軍用ヘリコプターが空中で衝突するのではないかと思われるほどの数珠繫ぎで、1機ずつ、狭い米大使館の屋上に着陸し、大使館職員の家族と米軍に協力したベトナム人たちをサイゴン沖160キロメートルに待機していた航空母艦へ運んでゆく。

81隻の米戦艦が総撤収に関わった。


米大使館の悲劇


屋上には、1度に1機しか着地できない。1機に30人ほどしか乗れない。

北の戦車と兵士が米大使館に向けて走ってくる。南ベトナム軍の抵抗はない。米軍の反撃もない。

劇的な南ベトナム陥落は、全米でテレビの実況放送がなされ、全国民が食い入るように凝視していた。私もテレビから離れられない。

ベトナムで米軍やCIAに協力してくれた者は、「いざとなったら全員アメリカへ必ず連れて帰る」が米政府の固い約束である。米大使館の庭は、そのベトナム人たちでびっしり埋め尽くされていた。門の外にも、館内に入りたいベトナム人で騒然としている。各々が全財産の入った手荷物を抱くようにかかえている。

大使館の屋上へ1人ずつ上れる細い黒い鉄のハシゴにもベトナム人たちが鈴なりにしがみついており、子供も赤ちゃんも大勢いる。全員、顔がひきつっている。



西鋭夫著『日米魂力戦』

第2章「アメリカの怨霊・ベトナム」−27