野生の宝庫


飛行して一時間ほどたった時、パイロットがボソリ一言。

「大きなヒグマを見たいか」

「イエス!」と答えた途端、私は恐怖の暗闇へ落ちて行った。

昔の戦争記録映像で見た空中戦のように、この小さな飛行機がエンジン全開でギャイーンと私の鼓膜には初めての高音波を噴き出し、猛烈な勢いで地面へ向け急降下をはじめた。

恐怖の悲鳴も涙も出ない。内臓が口から吐き出そう。鼻から鮮血が噴き出るかと思った。

「あそこだ!」

何も見えない。見たくない。

ヒグマの上空を2、3度旋回して、また安全な大空へ戻った。

「アッ、トナカイの大群がいる」

「ノー!」という前に、また急降下。

恐怖による吐き気がしばらく止まらなかった。

パイロットは面白い話を沢山してくれていたが、いつまた急降下が始まるのかと気が気ではなかった。3時間ほど飛行して「窪み」の前の海に着水した。

小石の浅瀬に着陸した時、「陸の有り難さに感謝」という安堵惑は大げさな表現ではなかった。パイロットは、私に手を振って飛び去った。


缶詰工場の労働者たち


缶詰工場の中に入って驚いた。イヌイット(エスキモー)の老若男女が群れを組んで固まっていた。


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アリューシャン列島から来ていた「ホワイト・ロシア人」との混血のアリュー人も多数いた。美女が数多くいたのが目立った。

サンフランシスコとシアトルから、フィリピン人の季節労働者も沢山来ていた。フィリピン人たちは、工場の機械が止まっている時はいつも賭博をし、現金を賭けて大声で「運」を取り合いしていた。

白人は数が少なかったが、全員、管理職。

米・西海岸から小さな漁船も多数来ていた。船長は、全員白人。

缶詰製造のコンベア・ベルトの前に立って手仕事をしている白人は、1人もいなかった。


缶詰の製造


工場では、鮭を均一の大きさに切断し、缶に詰め、ふたをして、水蒸気の圧力釜で熱を加え、ラベルを貼って、できあがり。

鮭の頭、尾、内臓、卵、白子は工場から桟橋沿いに海に突き出した木造の長い水洗式の溝からパシャパシャと海に投棄されていた。

鷗は鮭の卵と白子が大好きで、数百羽が木製の溝の両縁に同じ制服を着たように並び、取り合いもせず食っており、追っ払っても食い過ぎで飛べず、桟橋から海に落ちていった。

工場の下の海には、大人の腕の長さ位のマス科の魚が「鮭缶の不用物」を貪っていて、黒い海が何かに反応してワサッ、ドサッと動いている。釣り針に餌も付けないで投げ入れると、このよく太った魚が5分で5匹釣れた。この魚は空干しにするとおいしい。




西鋭夫著『日米魂力戦』

第3章「アラスカ半島でイクラ造り」−2