今も続く日本鮭漁の悲劇


「アラスカ半島でイクラ造り」の楽しい話が、これからもっと暗くなる。戦後日本の屈辱は続く。

公海である北太平洋のどこで日本は鮭漁をしてはいけないのか。太平洋をタテ半分に割っている180度の日付変更線から5度アメリカ寄りの、西経175度からアラスカ、カナダ、米国西海岸までの広大な海域にわたって日本鮭漁船は入ってはいけないのだ。

北太平洋の半分が米国の鮭養殖池である。この「合意」が今でも続いている。

日本に対してだけである。


「米国鮭」と「アジア鮭」


アメリカがなぜ北太平洋のど真ん中まで鮭独占領域を広げたのか。理由は、簡単かつ野蛮。当時の科学的調査によると、米大陸の河で3・4年周期で生まれ死んでゆく鮭は西経175度のあたりまで回遊すると思われていた。アジア大陸(シベリア、北海道)の河で生まれた鮭も日付変更線のあたりまで回遊する。

「米国鮭」と「アジア鮭」が公海の北太平洋の真ん中で混浴する。日本は「アジア鮭」は捕っても良いが、「米国鮭」はダメ。鮭は、アジア生まれもアメリカ生まれも同じ顔をしており、同じ体付きで、同じ色だ。区別できない。くだらない冗談を言っているようだが、真剣な話。

アメリカは、本気で「米鮭特別扱い論」を日本に押しつけてきた。すなわち、日本の鮭漁船がアジア鮭を捕りに北太平洋に入ってきたら「米国鮭」も捕れるので、日本は鮭を盗んでいる、という発想だ。だから、最初から「入ってはいけない」のである。


鮭泥棒


こんな横暴が通ったのは、戦勝国(官軍)が日本(賊軍)を占領していたからだ。歴史的な偏見「日本は鮭泥棒」も背景にあった。長年続いている日本人に対する偏見、人種差別のため、私がアラスカの鮭缶詰工場で働いた2度目の夏、鮭が戻ってこなかった大不漁の夏、漁師たちは「日本が北太平洋で密漁しているからだ」と怒り狂ったのだ。

米国が北太平洋の半分を自国だけの「釣り池」として使用し、世界の水産大国・日本の船を追い出しても良いという国際条約は、戦後の日米関係を克明に映し出している。



「サンチアゴ宣言」


悪いことをすると罰があたるのか、アメリカの持論が自国にはね返ってきた。トルーマン大統領の「米国大陸棚の水産資源はアメリカの財産」という宣言を真似するかのように、南米3ヵ国(チリ、エクアドル、ペルー)が1952年「サンチアゴ宣言」を出した。

「領海を200海里」に拡大し、それを「水産経済領海」と呼び、いかなる他国もこの領海で漁業活動をしてはならない、違反船は拿捕する、と警告した。この南米3国の「水産領海」が世界で初めての200海里である。

サンチアゴ宣言は大騒動を引き起こした。アメリカのマグロ船団がチリ、エクアドル、ペルーの外海でマグロを大量に捕っており、経済的に大打撃を受けるからだ。米政府は激しく抗議したが、南米3国は「マグロは我々の沿岸沖、領海200海里内を回遊するので、我々の資源である」と譲らない。

米政府は、マグロ船団に拿捕されたら釈放金を払ってやるから200海里の内に入り漁を続けるようけしかけた。


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西鋭夫著『日米魂力戦』

第3章「アラスカ半島でイクラ造り」−13