真の「私立」大学


このような優先順序は、ハーバード、プリンストン、エール、スタンフォードという名門私立大学では創立以来実行されている。同窓生の子息は優先的に入学できる配慮を受ける。

大学の願書で最初の質問は、「両親の両方又はどちらかがこの大学の卒業生か」である。多額の寄付金を出す人の子息も優先的に配慮してもらえる。真の「私立」である。州や国の制度に縛られていない独立した運営をしている。

それ故、独自の「大学色」が出る。日本の文部科学省のような教育に関して全権を持つ行政機関は、アメリカに存在しない。アメリカには「国立大学」はない。私立と州立と市立である。



日本 vs. 米国


私の妻は幼稚園が好きなのか、「ベビー・ターザン」と呼ばれている腕白息子が心配なのか、麗澤幼稚園とビング園に入り浸り。息子は3歳から麗澤の「年少さん」として4ヵ月お世話になった。

私は園費の高いビング園にターザンを入れなくても良いのではないかと抵抗を試みたが、無視され、妻は「ビングは天才養育所」と大きな願望を抱えて朝早くから通園している。

米国と日本の幼稚園をじっくりと観察した妻は、「麗澤幼稚園の方が素晴らしい」と断言した。なぜだと尋ねると、「麗澤の先生たちの勢いと熱心さと、園児に対しての忍耐力と寛容さ」と答えた。

麗澤幼稚園の宣伝のつもりではない。父の日にディズニー体操を踊れなかった父の恨みで書いたのでもない。日本の幼児をアメリカ文化(ディズニー・ランド)の人質にしてはいけないと警告を発するつもりで書いた。


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英語ができない日本人


日本国民はアメリカに無条件降伏の姿勢を示したまま、幼稚園から英語を教え、義務教育を通じて英語を必修科目にしている。英語ができないと、中学校での毎日は惨めであり、高校へ進学できず、大学入試で必ず失敗する。

英語のできない日本人は「国際人」ではなく、無学無能であるという常識がすでにできあがっている。日本はとうの昔にアメリカの言語植民地になっており、私自身が時代に忘れられた浦島太郎なのかもしれない。

浦島太郎にも言い分がある。

表現力豊かで洗練された日本語で暮らしているのに、「英語」が話せないと恥ずかしい日本人にされてしまう。

この嘆かわしい風潮を悪化させているのは、カタカナ交じりの国籍不明の単語をこれみよがしに使う有識者とかインテリと呼ばれている集団だ。


西鋭夫著『日米魂力戦』

第4章「国の意識」の違い -3