極限の選択


私が米国市民になるためには、星条旗と米国憲法と国家安全の維持に「忠誠」を誓わねばならない。この忠誠は抽象的な儀式ではない。「日本」か「アメリカ」のどちらかを選べの瀬戸際に追いつめられた者でなければ分からない苦渋のジレンマである。

日本で生活をしていて、「日本に忠誠を誓う」とか「日本のために」とかの選択はしなくてもよい。戦後日本ではそのような切羽詰まった機会もない。平成日本で「忠誠・愛国心」という発想さえもない。そんな言葉は死語に近く、口に出す人も居ない。口に出せば、「悪い右翼」または「戦争を始める」とのレッテルを貼られ、日本社会で村八分の憂き目を見る。

在米の友人たち(日本人)は、退職後もここアメリカに永住したいと希望し、国籍を「米国」に替えた。彼らはビジネスマンや大学教授である。私の場合は目的が違う。日本を敵に回す可能性があるスパイ活動のために国籍を替えるという極限の選択である。パームさんの一言で、私は「自分は日本人」を自覚させられた。


日本人として誇り


日本で日本人の父と母の間に生まれ、日本語で育ち、日本文化の恩恵を受け成長した私は、日本人を辞めて「アメリカ人」になるという発想もできなかった。誕生した時から、私の精神文化はすでに芯まで「日本」で染まっており、またそれを誇りとして私は偉大な異国アメリカで勉強かつ生活をしていた。

34歳になって、大冒険をさせてくれるかもしれないCIAが「アメリカ人になれ」と言っても、母国を捨てられなかった。「日本の国籍」を捨てることは、自分の存在を否定し、自分の思い出までも拒絶し抹殺することだと思った。


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日本人としての誇りを自分の中核として生きてきた私は、「日本」をなくして何になるのだろう。日本人としての誇りを捨てた後、根無し草のように放浪をするのだろうか。私が日本を捨て得るのなら、「アメリカ」をも簡単に裏切れる。

信念もなく、信じ切れるモノを持たない男は「カネ・女・地位」が欲しいがために国を売り、人を売る。CIAはそんな男を雇うべきではない。パームさんにそう話した。彼は優しい目にうっすらと涙を浮かべ、「CIAはお前のような男が一番欲しいのだ」とつぶやいた。


日本の行く末を想う


「日本はスパイだらけ」と言ったパームさんの言葉が永く脳裏に残っていた。戦後60年間、憲法第9条と国連神社の日陰で「平和」のためにお祈りをしながら、在日米将兵4万人に毎年5000億円を支払っている。

現実から遊離した平和願望を大切な国策としてきた日本国民は、強欲の牙をむき出しにしている国々がすぐ近くに存在することさえも認識していないような生活をしている。全霊で信じていた「永久平和」の神話が崩れてゆくのを知りつつも、それを目撃しなければならない激痛に耐え切れず、懸命に無関心を装っているのだろうか。現実からの逃避で、日本はどこへ逃げてゆくのだろう。



西鋭夫著『日米魂力戦』

第4章「国の意識」の違い -36