北朝鮮からの亡命者


日本の屈辱はまだ終わらない。日本の顔を蹴られ、誇りを踏みにじられた事件が中国で起こり、そのビデオ映像が世界中に流れた。2002年5月8日午後2時ごろ、北朝鮮の男2人と女3人(1人は2歳の幼女)が、中国にある日本・瀋陽総領事館へ脱兎のごとく駆け込んだ。素人の目にも瞬間で亡命者と判った。ビデオ・カメラが回っている。道を隔てた建物の中からNGO(非政府組織)が亡命者脱出劇を撮っていた。

5人は領事館内に逃げ込んだ。追いかけてきた中国武装警察官3名(人民解放軍兵士)は館内で、門の内側で、足の遅い女3人(幼女を背に抱えた母と祖母)を地面に叩きつけるように押さえ込み、門外へ引きずり出そうとする。絶望的な女の悲痛が画面から流れる。

母の背中におんぶされていた幼児は地面に放り投げられた。立ち上がったけれど、幼い顔は恐怖で引きつり、泣きじゃくっている。母と祖母は仰向けになりながらも領事館の鉄の門にしがみつき、必死の抵抗を続ける。ビデオ・カメラは回っている。


大使館員の行動


そこへ、やおら日本の職員らが両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと歩いて出てきた。「迷惑だ」という態度で危機感は全くない。目前で女2人がのたうちながら、必死に逃げようとしているにもかかわらず、中国武装警察官が館内で力ずくで外へ引きずり出そうとしているのを職員らは見ながら、何もしようとしない。

いや、した。武装警察官らが女2人を押さえ込んだ際に落とした帽子(館内侵入の証拠品)を副領事が大事そうに拾い上げ、パンパンと土埃を払い、手渡した。中国警察に媚びているのか。幼女は痛々しく泣いている。日本職員の1人でもこの子を抱き上げてくれていたら、どれほど日本国民の心が温まったことか。

日本公館の「不可侵権(治外法権)」が蹂躪されたら、体を張って抵抗するという発想もない副領事は、北京の日本大使館へ電話をし、高橋邦夫公使の指示を仰ぐ。「無理するな、連行されても仕方がない」と返答され、亡命者5人を捨てた。同時に、目には見えないが心で感じ得る日本国の気概をも捨てたのだ。


小泉政権の対応


日本中に衝撃が走った。難民受け入れ(20年間で僅か300人)に渋る日本国民が、今度ばかりは怒りで震えた。

中国は、このような事態が起こったら、領事館内に立ち入り連れだしてもよいという日本側の許可を得ていた、と涼しい顔で説明した。日本の川口順子外相はそんなことに同意をしていないと反論したが、時間が経つにつれ日本側に説得力がなくなってきた。

この事件が起きる4時間前、午前10時、阿南惟茂大使は大使館会合で、不審者(難民・亡命者の意)を敷地内に入れてはいけないとの指示を出していた。


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小泉首相は勇気のある怒りの言葉を吐くこともなく、「事実」が解明するまで冷静に振る舞ってくれと日本国民をなだめにまわる。ものを言う相手が違うのではないかと、国民はまた意気消沈。

国民を代表して、勇敢な怒りを中国にぶつけて欲しかったが、首相は事件翌日の昼、日中友好文化観光訪日団の団長(中国人)と和やかに会談し、その夜は訪日団員たちとの夕食会で歓迎の挨拶をしている。『朝日新聞』は社説で「いたずらに対立をあおるべきではない」(5月11日付)「日中対立の時ではない」(5月24日付)と発言をした。「対立を煽った」のは日本ではない。




西鋭夫著『日米魂力戦』

第4章「国の意識」の違い -37