アメリカの常識


アメリカの常識を学ぶことになる。

兵士・軍隊・武力は尊敬されている。どの大学にもROTCと呼ばれる予備役将校訓練科目がある。このコースを履修すれば、国防省から無償の奨学金が貰える。アメリカの大学では、日本で絶滅した「文武両道」が健全に実行されている。ベトナム戦争が米社会を真っ二つに引き裂いた1960年代後半には、将校訓練科目も猛烈な反発を受け、一時中止にする大学もあった。

スタンフォード大学のROTCは1969年に中断されたが、戦没者に対しては深い追悼と尊敬の心を示している。スタンフォード大学の中心部に建っており、種々の行事が行われる「大学記念館」の正面玄関の壁には、戦死した在学生と卒業生の名前が刻まれている。第一次(77名)・第二次(1189名)世界大戦、朝鮮戦争(148名)、ベトナム戦争(21名)。


学徒壮行会


このような追悼は、60年前、学徒出陣で戦死した日本の大学生にはない。

1943(昭和18)年12月、それまで徴兵猶予を与えられていた大学生と高等専門学校の学生で満20歳に達した者は、海軍か陸軍に入隊させられた。当時の大学進学率は、3%である。

日本のエリートたちである大学生たちは、1943年10月21日、雨が降り続ける明治神宮外苑競技場において、文部省主催の「出陣学徒壮行会」に参列した。学生服に学生帽をかぶり、軍靴とゲートルを巻いた姿で、小銃を肩にかけ、死への悲壮惑をただよわせ、整然と行進した。

東條英機首相が激励の演説をする。7万人の若者が雨の会場を埋めていた。同年12月23日、徴兵年齢が満19歳にまで下げられ、さらに多くの学徒が戦場に送られていった。戦争が終結した1945年の夏までに徴兵された学生の総数は30万人と推定されているが、戦死者の数は不明である。


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出陣学徒壮行会の様子



無知という歴史の断絶


終戦になっても日本中の大学には人影さえもなく、学生の夢とロマン、学問への憧れ、そして大切に育ててくれた両親と家族への思いが死にきれず空しく彷徨っていた。

平成の大学生は、自分と同年代の男たちが、敗戦と知りつつ最前線へ出陣していったことさえも教えられていない。無知という歴史の断絶は、文化の脊髄を断ち切る行為である。日本国民はあの壊滅的な戦争を忘れさえすれば、深い傷が癒えると思っている。

追悼も感謝もせず、忘却を平和的と錯覚しているが、日本人の心の中であの傷は癒えることなく、未だに開いたままの傷口から血が止めどなく流れ出している。


西鋭夫著『日米魂力戦』

第5章 戦争と平成日本 -6