blog71.jpgFrom:岡崎 匡史
研究室より

どうして、私たちは「お金」に魅了させるのか。
実際、1万円札を制作するコストは20円弱。

20円ほどの原価の1万円札に、人間は歓喜したり、意気消沈する。あるものは犯罪に走る。

言葉遊びに聞こえてしまうかもしれない。君は「1万円札を破れるのかい」という声が聞こえてきそうだ。もちろん、汗水垂らして稼いだ大切なお金を破ることなぞ出来ない。

貨幣は人類の偉大な発明品だ。

皇室と肖像

では、毎日使っているお札の肖像は、どのように決められているのだろうか。

海外では、国家元首がお札の肖像として使われることが多かった。他方、日本では天皇の肖像が使われることはなかった。

なぜか?

それは、日本の文化土壌では、畏れ多いことだからだ。そのため、皇室と所縁のある鳳凰や、古代史で皇室に対して貢献した人物が採用されてきた。

敗戦と紙幣

ところが、大きな変化が訪れたのは、日本が太平洋戦争に敗北し、GHQの占領下に置かれたときだ。

GHQで宗教を取り扱う部署の任務には、「新しい切手と通貨のすべてについて、図案を認可すること」という文言があった。私たちが身近に使う貨幣は、人間の深層意識に深く関与している。GHQの占領政策は、紙幣にまで及んでいたのだ。

戦前の紙幣では、日本神話に登場する武内宿禰(たけのうちのすくね)や神功皇后をはじめ、南北朝時代の楠木正成などが肖像に使用されていた。GHQは復古主義や国家神道に関係があると疑ったのだ。

肖像基準

敗戦後、新たな肖像の採用基準は、日本の近代化に貢献した政治家となった。

1950(昭和25)年、500円札には岩倉具視、1000円札(後に伊藤博文・夏目漱石・野口英世)と5000円札(後に新渡戸稲造・樋口一葉)は聖徳太子が採用された。高度経済成長にともない、1958(昭和33)年に1万円札が発行された。肖像に採用された人物は聖徳太子。

それから25年以上の歳月が過ぎた1984(昭和59)年、福澤諭吉の肖像が1万円札に選ばれた。政治家から文化人へという世界的な流れがあった。福澤は生前に、「何かの時にはこの着物姿の写真を使うように」と指示していたという。

平成の時代に入ってからは、2000円札に紫式部、5000円札に樋口一葉という「女性文化人」という流れも加わった。

そろそろ、肖像の採用基準に大きな変化が起こってきてもよい時期。

さあ、次の1万円札の肖像に誰が相応しいのだろうか。


ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
・植村峻『紙幣肖像の近現代史』(吉川弘文館、2015年)
・ウィリアム・P・ウッダード『天皇と神道ーGHQの宗教政策』(サイマル出版会、1988年)