blog75.jpgFrom:岡崎 匡史
研究室より

埼玉に実家がある私は、東武東上線をよく活用した。
埼玉県民にとって、東上線は東京に向かう重要なインフラである。

電車に乗っていると、沿線にはさまざまな大学がある。
子どもの頃からよく目にしたのは、若葉駅の近くにある女子栄養大学だった。

四群点数法

女子栄養大学(前身・香川栄養学園)は、香川綾(1899〜1997)が設立したことで知られる。彼女は、日本の健康と栄養学の発展に貢献した人物だ。

香川綾は、戦後の日本医学のあり方が、アメリカ式予防医学へと転換したことを心から喜んでいた。アメリカ医学は、公衆衛生や健康を重視した病気のない社会をつくることを強調していたからである。

健康は、まず食事からだ。

香川綾はバランスのよい食事を摂取する「四群点数法」を提唱した。四群点数法とは、食品を四つの群に分類する。


第一群を「乳・乳製品・卵」
第二群を「魚介類・肉類・大豆・大豆製品」
第三群を「野菜・芋類・果物」
第四群を「穀物・砂糖・油脂」

第一群から第三群にかけて3 点以上の食品をとるようにし、残りは第四群から補い、合計で20点の食品を摂取する方法である。

1948(昭和23)年に香川綾が栄養バランスの重要性を提起したときは「五つの食品群」と命名し、第五群に「砂糖と油脂」を分類していた。その後、改良が加えられるが、何よりも重要なことは、香川は「牛乳と乳製品」を第一群としたことである。

学校給食と栄養学

なぜ、香川綾は「牛乳と乳製品」を第一群に分類したのか。
それは、学校給食が深く関わっていた。学校給食が始まったことで、栄養学が脚光を浴びだした。

学校給食が始まり脱脂粉乳が著しい効果を上げていたことを、香川綾は各地の学校を視察して目の当たりにしていた。脱脂粉乳による給食によって、児童の体格は向上していたのだ。

香川綾は、「一年前には、おできができていた子、皮膚につやのない子、栄養失調で立っていることもできなかった子などが、見違えるほど元気に成長していました。それで良質のタンパク質を含むものとして、ぜひ牛乳を日本人の食事に加えたいと思いました。しかし、まだ牛乳や乳製品は日本人になじみが浅かったので、第一群にしてこれを強調した食事法」にしたと言う。

戦後日本の栄養学の基礎は、学校給食が推進力となっていた。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・香川綾『栄養学と私の半世紀』(女子栄養大学出版部、1985年)