学問を崇める国の未来


日本は昔から「学問・知力」を崇める国だ。日本中に頭が良くなりますようにとお祈りできる神社もお寺も沢山あるのだが、教育が崩壊しつつあるのではないか。「ゆとり教育」で、学ぶ楽しさや厳しさを体験していない世代が大学1年生になる時が来る。

大学教育を速やかに改善しないと、大志を抱く高校3年生たちが海外(英語圏)の大学へ入学しはじめる。現実に、2万人弱の高校3年生が、日本の大学に見きりをつけて、アメリカの大学に留学している。これを頭脳流失と見るか、それとも日本の将来が明るくなってきたと見るか。

大学は、18歳から22歳までの男女を対象に構成されているが、日本大学・人口研究所によれば、65歳以上の人口・高齢化率が間もなく世界一高くなり、2025年には、日本の総人口の31.04%にまでなると予測をしている。大学は、高齢者も学生として受け入れられるように改革してゆくのだろう。


小学校6年間の意義


いや、大学教育に重点を置くのは「国家100年の大計」において間違いではないか。日本の活性化につき最も大切なのは、「小学校6年間」ではないかと思い始めている。

小学校の1、2年で、頭に詰め込むのではなく、体力づくりと精神的な強さ、すなわち「自信」を育むことを重要視して、3年生から「勉強」を始め、4年、5年、6年生は海外で夏講座(サマー・スクール)に参加して、その土地の優秀な小学校と種々の対抗試合をし、夏休みを一生の思い出にすることが健全な、国際的な日本教育の姿ではなかろうか。日本の若者を世界で堂々と活躍させるためには、小学校教育が最も重要であると考えている。


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官僚になる人


「学歴」について、日米の対照的な話を一つ。

ワシントン大学に留学した時、私の面倒を見てくださったホスト・ファミリー(中堅保険会社の社長夫妻)に勉強のできる一人息子がいた。彼は自分の父親と同じように、ワシントン大学法科大学院(ロー・スクール)を卒業し、弁護士の試験を優秀な成績で通った直後、国務省(外務省)に入り官僚になった。

それにビックリ仰天したのは、彼の母親である。「官僚なんかになって」と息子に期待を裏切られたかのような悲しさをあらわにされた。日本では、外務省に入省したら「よくやった」と大喜びである。


起業する人


米国で成績優秀者はビジネスの世界に入るのが常識だ。新しいビジネス(新日本語の「ベンチャー」)を立ち上げる者たちが、「頭がいい・勇気がある」と高く評価される。一流企業に入れなかった者たちや、冒険心のない者たちが安全な職業の「官僚」になると思われている。米大統領補佐(閣僚)になっている人たちは、政府外(ビジネスと学術界)で業績を上げた人たちばかりである。

先日、稀な日本人とサンフランシスコで話す機会があった。「稀な」とは、頭脳明晰で冒険心に富むという意味。彼は慶応大学で考古学を専攻し、7年間「土を掘っていた」が、太古に突然未来を見たのか、超難関のスタンフォード大学ビジネス・スクール大学院に入り、修士号を取得し、ベンチャー企業を起こした。ベンチャーの世界は壮絶な戦場だが、彼はアメリカでも名が売れている成功者である。




西鋭夫著『日米魂力戦』

第5章 戦争と平成日本 -26