国旗掲揚


だが、米国はビジネス、商業、商人、金銭だけの国と思い違いをしてはいけない。愛国心の固まりの国である。日本式にいえば、「2億6000万総右翼」だ。

戦争に賛成するから「愛国心」があると言うのではない。戦争に反対するから、愛国心がないと言うのではない。米国民は移民から市民になった人たちも、アメリカを「国家」として、「心のより所」として大切にしている。国の目に見える象徴として「星条旗」を掲揚し、国の讃歌として国歌を声高らかに歌う。これらの誇示が軍国主義であるという幼稚な発想はない。


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私の、千葉県柏市生まれの8歳の娘は、スタンフォード大学のキャンパス内にある小学校に通学している。妻が米国籍なので、二重国籍だ。娘は、教室で右手を左胸(心臓)に当てて級友全員と共に黒板のそばに立てかけられている星条旗に忠誠を誓う。

カリフォルニアで一番「リベラル・左傾」と言われている町の小学校で、星条旗に対して敬意を体で示す儀式を行う。日本の小学校で、なぜ国旗に敬意を払う朝礼がないのだろう。


押さえ込まれた愛国心


日本占領の独裁者マッカーサーが灰燼と化した日本に上陸するやいなや、「日の丸」の掲揚を禁止した。「国旗」が持っている重要さを認識した征服者の動きである。日本人の愛国心を押さえ込む策である。この米進駐軍の日本弱民作戦の片棒を担ぐかのように、未だに日本の学校では国旗を無視し軽蔑することが平和的だと教えている。

日米間で60年間も続いているこの違いは、深く染み込むように全身(国)を襲い、ある時突然、意識はあるのだが立っていられなくなるような激痛で、日本国が膝を折るように崩れてゆく悲劇となって現れるのではなかろうか。


9.11


2001年9月11日、イスラム教徒による同時多発テロ攻撃の直後、米全土が星条旗の嵐につつまれ、街の風景が変わった。走っている車、全車に星条旗がはためいていた。私の妻も自家用車の後ろ窓に小さな星条旗を立てかけ、「アメリカ、戦う」の決意をあからさまにした。全米で旗の生産が間に合わず、品切れの店が続出した。

9月11日のテロ攻撃(ここアメリカで「ナイン・イレブン」と言えば、あの惨事)について、読者の方々もよくご存じだと思うので、私が米国内で個人的に体験したことについて述べたい。

私は、ボーイング旅客機二機がハイジャックされたボストンの近郊にいた。有名な避暑地である港町ニューポート市のサルべ・レジーナ大学(カトリック教系)の国際問題研究所から客員教授として招待されていた。

黒船ペリー提督の出身地であるニューポートは、ボストンから自動車で南へ1時間位の海に囲まれた美しい町。ニューヨークの富豪たちが競って豪華な別莊を建てた避暑地として知られている。ケネディ家の別荘もある。標的にされた資本主義の神殿ニューヨークから車で二時間の港町だ。


西鋭夫著『日米魂力戦』

第5章 戦争と平成日本 -27