映画の中の世界


あの朝、東海岸はすがすがしい天気であった。朝8時から2階の教室で50分の講義をした後、1階のロビーの喫茶店でコーヒーを飲むつもりで下りてきた。天井から吊るしてある大きなテレビの前に、4、5人の学生が口をポカーンと開いたまま画像を見ている。私もチラッと画面を見た。

世界第二に高いニューヨークの世界貿易センター・ビル、細長い割り箸のような超高層ビルの一棟から黒煙が噴き出している。発生したばかりの勢いある入道雲のような黒煙の中に真っ赤な炎が渦巻いている。ハリウッド映画の予告編のようだ。


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戦慄


エスプレッソを注文した。70歳位の給仕のおばさんがコーヒー・カップを手渡しながらも、彼女の目はテレビに釘付けで、手はカタカタと小刻みに震えていた。私が「あれは」と尋ねたら、「20分ほど前、小型セスナ機が衝突したらしいの」と声も震えていた。

テレビの前に30人ほどの学生が、全員、無言。誰かが、テレビの音量を上げた。アナウンサー男女2人が「大きな事故です。北のタワーが燃え上がっています」と高ぶる恐怖を押し殺しながら叫ぶような実況放送をしている。声が肌で感じえるほど震えている。北タワーは、417メートルの高層ビル。私は、腕時計を見る。9時03分。


二機目の衝突


二機目の、小さく見えた大きな旅客機が、快晴の青空をバックに半円を描きつつ、狙いを定めたかのように燃えていない南ビルに突っ込んだ。炎の大爆発が起きる。目撃しているのだが、爆発の轟音がない。

大惨事の壮絶な轟音が聞けないので現実味がなく、映画の早送りをしているのかと思わせるほど実感を超えていた。その非現実性がさらに恐怖をつのらせた。100人以上にふくれあがっていた学生たちから、絞るようなうめき声と絶望的な悲鳴が沸き上がった。悲鳴が永く、永く続いた。


黒煙の中の絶望


大学の授業は中止になり、泣いて目を赤くしている学生たち、怒りとショックで無表情になった学生たちは、寮に戻るか自宅へ帰っていった。キャンパスには、今にも壊れるかのような静寂だけが残った。研究室に戻ると、秘書室に置いてあったテレビの前で、秘書2人は息もできないかのような姿勢で映像に見入っており、私を見るやいなや、救いを求めるかのごとく、涙が溢れた目を私に投げかけた。

黒煙と炎を噴き出している世界貿易ビルの映像が切れ間なく流れる。猛火に追われた人々が高い窓から次々に飛び下り、地面に叩きつけられ、即死。突然、内側から深い暗黒へ引きずり込まれるかのように、米国の富と繁栄の象徴である415メートルの世界貿易センター南ビルが溶けていくように崩れていった。



西鋭夫著『日米魂力戦』

第5章 戦争と平成日本 -28