blog84.JPGFrom:岡崎 匡史
研究室より

『吾輩は猫である』
『坊っちゃん』『三四郎』
『草枕』『こころ』

誰でも、一度は、聞いたことのあるタイトルだ。
国語の教科書に載っている定番の作品。

作者はいうまでもなく、旧日本円1000円札の肖像画となっている碩学・夏目漱石(1867~1916)。

文学博士

しかし、夏目漱石の知られていない側面がある。
それは、博士号の授与を断ったこと。

時代を遡ること1911(明治44)年、文部省は夏目漱石に、「文学博士」の授与を通知した。

しかし、なんと漱石はこの名誉を辞退。

面目を潰された文部省は、既に発令済みなので、辞退をすることは許されないと漱石に伝える。

漱石は、再び拒否。

博士問題の成行

漱石は事態の経過を『東京朝日新聞』に、「博士問題の成行」と題して寄稿した。


「博士制度は学問奨励の具として、政府から見れば有効に違いない。けれども一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするという樣な気風を養成したり、又は左様(そう)思われる程にも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんと迄は考えない。然し博士でなければ学者でない樣に、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽くすに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せん事を余は切に憂うるものである。余は此意味に於て仏蘭西にアカデミーのある事すらも快よく思って居らぬ。従って余の博士を辞退したのは徹頭徹尾主義の問題である。此事件の成行を公けにすると共に、余は此一句丈(このいっくだけ)を最後に付け加えて置く。」(「博士問題の成行」『東京朝日新聞』1911年4月15日)

漱石の気持ちも、わからなくはない。
むしろ、漱石に深い共感を覚える。

博士号を取得したら急に学者面になり、周りを馬鹿にして偉ぶる輩が竹の子のように増殖することを危惧したのだ。

夏目漱石の「事件」があるので、日本では教授だが博士号は保持していないことが普通であった。

とくに、「文学博士」を取得するのは至難の業。

博士号は、集大成を成し遂げた「大家」に対して与えるべきという考えが主流であった。

この傾向は、まだ残っており、若手研究者を悩ませている、、、


ー岡崎 匡史