負け犬の遠吠え


「アメリカは横柄」「テロ攻擊をされたのはアメリカの自業自得」「すぐ戦争を始める」と溜飲を下げている人たちは、敗け惜しみを言っているにすぎない。世界の秩序は、国連での多数決で維持されているのではない。強い国は、弱い国から見ると、いつも「横柄」だ。

それ故か、誇りと武力に乏しい日本は、戦後六〇年も経った今でも近隣諸国から「日本人の歴史的認識は間違っている」と説教される。世界中で、どこの国がこんな侮辱的なことを言われているのだ。首相や大臣は一語失言すれば、国内はもちろんのこと、海外からも猛烈な非難を受ける。日本国民一億二五〇〇万人が毎朝謝らなければ、生きていることさえ許してもらえないかのような息苦しい情勢だ。


誇りなき人々


謝罪の毎日では「誇りを持とう」と若者たちを鼓舞しても、彼らは何に対して誇りを持つのかも分からない。「誇り」と言うと「軍国主義」を復活させようとしているのではないかと疑われる。このような怯えきった心理を作り上げたのは、六〇年間も続いている平和教育といわれる陰湿な洗脳である。


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私自身、米進駐軍のお墨付きで一九四七年の春から始まった平和学校の第一期生・小学一年生として、黄金の蝶が舞っているような理想郷教育を受けており、「日本が悪い」とひらがなを覚えるように刷り込まれていた。頭の中は「平和」で一杯だったが、腹の中は空っぽだった。


激貧の中の屈辱


当時の小学校と中学校には肥満の子は一人もいなかった。学校給食はアメリカ本土から船便で輸送された「脱脂粉乳」と呼ばれていた真っ白ではなく薄茶色の粉ミルクである。独特の異臭がしたが、飢えていたので飲んだ。泣きながら飲んでいる級友たちもいた。アメリカから運ばれてきた小麦粉(メリケン粉)で作られた子供の手のひら位のコッぺパンも配られ、時々イチゴジャムが一さじもらえた。

甘いジャムなぞ口にしていなかった私たちは歓声を上げた。干しぶどう五個(五〇ではない)か、又は炒ったアーモンド三個か、薄い干しリンゴ一片が貴重品のごとく配られた。干しリンゴの甘酸っぱい「外国の食べ物」の味は、今でも鮮明に覚えている。敗戦した国の苦しみは生き残った子供たちにも背負わされた。



西鋭夫著『日米魂力戦』

おわりに -5