英語に憑かれた日本人



「属国教育」は日本人の精神まで侵している。すなわち、「英語」が話せないと恥ずかしいと思う日本人になってしまったのだ。日本国内でアメリカ人から英語で話しかけられると、たいていの日本人は日本語で答えればよいのに、英語で一生懸命答えようとする。話が通じないと劣等感に悩まされる。

「国語」は国の文化の塊だ。在日外国人は日本語を学び、読み、話す努力をするのが当然なのだ。だが、現実はそうではなく、日本人は日本国内であたかも熱病に取りつかれたかのように「英会話」の練習に励み、「350の英単語を覚えれば、ネイティヴと話ができる」といった無責任な広告につられ、黙々とアメリカの国語を学んでいる。350の単語でなんの話をするつもりなのか。

350の日本語の単語でどんな対話ができるかを考えてみれば、日本全土を襲っている「英会話病」に便乗して金儲けをたくらんでいる悪徳商人たちが目に浮かんでくるではないか。


英会話病


だが、文部省までも「英会話病」を「国際化」と錯覚し、「発信型の英語」を身につけなければならないと、亡国的なセリフを吐き、海外の英語圏から教師たちを雇い入れ、日本全国の中・高等学校へと配置している。小学生に「英会話に触れる機会を持たせるようにする」と言う。国語の勉強のほうがずっと大切なのではないか。

英語の代わりに、日本語を国際語にするためにはどうすればよいのか、といった発想が文部省からは出てこない。

文部省は、どうすれば日本語を守れるかが分からないのなら、フランス政府の案を拝借すればよい。自国の言葉と文化に誇りを持っているフランスは、アメリカ文化の侵略に対抗するため、広告で英語を使うことを禁止している。日本とは正反対だ。日本では英単語を使えば「カッコ良い」と思われている。これも欧米文化に対する劣等感の表れか。


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日本語が消える日


日本語を大切にしないと、もっと深刻なことが起こる。まもなくマルチメディアの時代になる("multimedia"はすでにアメリカ語)。アメリカは "information super-high-way"(コンピューターの端末を利用した双方向の超高度な情報ネットワーク)をつくりあげようと努力している。全世界規模でこれを構築するつもりなのだ。これは、アメリカがマルチメディアを駆使し、英語を使い、アメリカ文化を全世界に広めることを意味する。日本もこのアメリカの計画に遅れてはいけないと懸念し、アメリカと協力したいと申し出た。

アメリカの文化・社会価値観が日本人の脳を支配するのは、もはや時間の問題だろう。そうなると「英語ができる者」だけが幅をきかせる日本となり、アメリカにとって理想的な植民地ができる。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

第1章 富国日本の現状−2