知識人の功罪


明治以来、日本は欧米文化の翻訳に努め、それを日本文化に取り入れた。それは過去の話でなく、現在進行形だ。日本の学生、有識者、さらに一般市民も、アメリカやヨーロッパについてかなりのことを知っているが、アメリカやヨーロッパの一般市民は日本と中国の区別もつかないし、もちろん東京や大阪がどこにあるのかも知らない。

ところが、日本の大学で経済・経営学を勉強する時、アメリカの経済学者(例えば、ポール・サミュエルソン)の書いた大きな教科書を使い、英語を懸命に訳しながらがんばっている。これほど経済の進んだ日本で日本語の経済書はないのか。このような欧米書崇拝を恥ずかしいと思わず、むしろ「進歩的」と信じている日本の知識層が日本の将来を暗くする張本人だ。


「国際化」という名の熱病


このような国内情勢の中で、起こるべくして起こったのが「国際化」である。

「国際化」。この言葉が日本国内で「動詞」として活躍している。学校でも企業でも国際化。町も村も一生懸命である。あたかも、目に見えない海外からの「優れたもの」に追いかけられているかのように、劣等感にさいなまれた「1億2000万人の国民」が「われわれは進歩しています」と世界の人々に評価してもらわんとして、実に涙ぐましい努力をしている。明治維新の「文明開化」も、おそらくこの「国際化」のような熱病だったのだろう。


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1870年代頃の横浜の様子


その熱病に取りつかれた明治の日本は、「脱亜入欧」(日本は、遅れているアジアと手を切り、文明開化の進んだ西洋に仲間入りしよう)という熟語まで作り、当時欧米のエジキになっていたアジアに進出していった。この野蛮な戦いに負けた日本は改心し、非人道的な行為は二度としませんと誓い、憲法第9条に戦争及び戦力の放棄、すなわち「永久無防備」までも宣言し、海外諸国に謝罪した。


国防を他国に委ねた国


近年、日本社会は閉ざされていると非難を浴びると、今度は「国際化」だ。「国際化」とは、世界各国が互いを理解し合えば平和と友好が世界に訪れるという信仰だ。それゆえ、自衛、国防は不必要になるという。世の中はそんなに甘くない。相手を知れば知るほど嫌いになる時だってある。知れば知るほど相手のもの、領土、資源をぶんどりたくなり、そうするために策を練る国だってある。

むしろ、「国際化」が進むほど、国防をしっかりとすべきなのだ。だが、他力本願の平和主義で戦後50年間ボケまくった日本は「アメリカが守ってくれる」と信じている。


西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

第1章 富国日本の現状−3