アメリカの期待


湾岸戦争の折、私はスタンフォード大学のフーバー研究所にいた。

アメリカでは全国民が戦争だと思って、その準備を着々と進めているさなか、日本では、「ならないでしょう。なってはいけないのです。戦争は悪です。暴挙です」と空論に明け暮れ、そのうえ、「カネは一銭たりとも出さない」といったセリフを吐いていたのは当時の日本(海部)政府だった。日本のプライドとか自由主義諸国内での道義的責任とかについて、全く論議が交わされていないのが日本国内の現状だった。

アメリカは日本の勇気ある言葉を期待していた。「太平洋沿岸の同盟国」日本の支持が欲しかった。50万人の男女の兵士を湾岸戦場に送り込み、血を流して戦ったアメリカは、日本から「日本国民は国連軍の一員である」という言葉と、それに伴う物質的援助が欲しいと思い、それが日本から積極的に出されてくるだろうと期待したのは当然である。


無責任外交


日本の経済活動が自由に営める土台となっている世界社会の平和秩序は、タダではない。だが、湾岸戦争は日本にとってカネとは次元の違う、もっと深刻な道義上の問題であった。アメリカも、この戦争をそう見ている。それゆえ、日本が90億ドル(当時の1兆円)を支払うから、それで日本の役目は終わったと見るのは、読みが浅いどころの騒ぎではない。それよりもっと劣悪な「日本の無道徳・無責任外交」の表れと見るべきだ。湾岸戦争はアメリカの巨大な武力により、一週間も続かなかった。

戦いが終わって、「日本よ、カネを出せ!」とアメリカが言ってきた。「用心棒代」である。何の手助けもしない日本から、せめて「カネ」でも巻き上げてやろう、とアメリカがたくらんだのだ。

日本政府はこのアメリカの威圧にうろたえた。私は、日本がどう出るかと非常に興味を持ち、結果を待った。


ドブに捨てた1兆円


海部首相が1兆円の大金を持ってサンフランシスコに来た。

ブッシュ大統領はたまたまロサンゼルスにいたので、その日本からの貢ぎ物を受け取りに来た。ワシントンのホワイト・ハウスで盛大な感謝の儀式をするのかと思ったが、海部首相はサンフランシスコから成田へ帰された。

アメリカ政府が感謝の念を公に表明したことは聞いていない。クウェートからさえも感謝の一言もない、無残な現状だ。

日本がすったもんだしたあげく、しぶしぶ出した1兆円は、今や捨て金、死んだ金なのだ。日本のGNP(国民総生産)は450兆円。その中からの1兆円。これで日本経済の将来が保証されたと考えるのは、日本がボケている証拠である。


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西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

第1章 富国日本の現状−7