日本の無策ぶり


日本が断固とした態度を表明し、自ら進んで国連軍に加勢をしていたなら、昨今、日本の貿易政策およびそれに伴う「ジャパン・バッシング」の件、すなわちアメリカが日本に対して持っている根強い不平不満、不信感は速やかに解消に向かっていったのではないだろうか。アメリカは尊敬の念を持って日本に対応していただろう。実にまたとない絶好のチャンスを、日本は逃したのだ。

このチャンスを逃す日本政府の読みの浅さたるや、全く信じがたい。日本独自の世界観がないため、この湾岸戦争の世界的意味が理解しえなかったのだ。日本の無策ぶりは、日本の将来をよりいっそう暗くしていく。


責任転嫁


日本はなぜ、このような根性もなく世界観もない国になっていったのだろうか。その原因はアメリカの50年前の対日占領政策(1945~52年)のせいだ、と日本は言う。アメリカが組織的に日本を植民地化し、骨抜きにしたと日本は泣く。確かにそのとおりだが、もういい加減にそんな情けない泣き言はやめようではないか。

日本は自国の経済、技術向上には自負しているくせに、日本の情けない「根性」とか「魂」の不在とかの話になると、アメリカのせいにする。日本人の私でさえ、もう聞き飽きた。日本の現状は日本の責任だ。


東京オリンピック


昭和39年、東京オリンピックの年の夏に、私は日本を出国した。あの当時、海外へ出る日本人は、現在のように多くはなかった。私のパスポートは黒の本皮で、名前云々は外務省役人の万年筆で花文字の手書きであった。まだまだ消費物資も欠けており、家屋も貧しい戦後時代をやっと抜け出し始めた日本から行った私には、アメリカ社会の富の深さは強烈なショックであった。

その時の日本は、東京オリンピックの準備を、国の命運がかかっているような精神で進めていたのだ(現在の日本のように、成金国の妙にいじけた傲慢さはなかった)。アメリカ国土の広大さも、狭い島国から出てきた私には忘れえない印象を与え、私の空間に対する感覚を変えさせた。


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目に見えない精神基盤


私のホスト・ファミリーは、中堅の保険会社の社長ご夫妻であった。このご夫妻は、アメリカ社会および日常習慣について何も知らない私に、毎日、家庭教師のごとく丁寧に説明してくださった。休暇になるとキャンプ用具を積み、広大で自然豊かなロッキー山脈へドライブ旅行に連れていってくださり、アメリカの健全な一般家庭がどのようにして生活を楽しんでいるか、といった一面も見せていただいた。アメリカ社会や文化の物質的な表面だけでなく、アメリカ国家社会を支えている、直接目に見えない「精神基盤」を理解するように教育してくださったのも、このご夫妻であった。

この目に見えない精神的なものが、湾岸戦争においてアメリカ国民の使命感に満ちた団結力として表面に現れた。


西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

第1章 富国日本の現状−8