神の国・アメリカの使者


マッカーサーにとって、キリスト教は「米国の家庭の最も高度な教養を真に反映するもの」であったがゆえに、彼は「米国」と「キリスト教」を同一視した。そして、彼はこのキリスト教を日本に伝道することが米国の義務と考えた。日本のアメリカ文化への改宗だ。


事実、マッカーサーはそうだと言っている。


「極東においてはまだ弱いキリスト教をしっかりと支えつつ強化することができれば、今は盲目的な戦争運命論のえじきになっている何億という文明の遅れた人々が、人間の尊厳、人間の目的といった全く新しい概念を身につけるようになり、あらゆる歴史を通じて、戦争を引き起こしてきた魔性に対する、まさに対照的な精神の力を蓄えるであろう」

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日本人よ、改宗せよ


そして、彼は日本に宣教師を多数招聘した。また、自分自身は「神学者にならなければならなかった」と言った。


「機会さえあれば、私は来日して来た牧師たちに、日本で働く必要があると言った。"宣教師がたくさん来てくれたら、それだけ多くの占領軍が国へ帰れるのだ"と。ポケット聖書連盟は私の要請に応えて、日本語訳の聖書一千万冊を配ってくれた。日本の精神的再生が徐々に進んだ」と彼は回想した。


GHQ(連合国軍総司令部)の、ある教育顧問は「マッカーサーの名は、ほとんど神のような、祈りの言葉となり、米国はまさしく"神の国"と呼ばれるにふさわしくなった。他の連合国は存在しないのと同様である」とまで言った。


政治顧問のジョージ・アチソン(東京勤務)は、国務長官マーシャルに「ますます多くの日本人がキリスト教に転向している」と満足感を持って書き送った。東京にいた米占領当局者たちは、自分たちをキリスト教徒の十字軍戦士と信じ、日本を聖戦の場と見たのだろう。


イエス・キリスト二世


自分自身をキリスト教と民主主義の理想像と信じ、日本の救世主になりたいというマッカーサーの願望は、日本人によく知られていた。


ある日本人が「米国大統領閣下」にあてた手紙が、これをへつらい気味に表している。それには、「もし閣下が引き続き、日本に食べ物とキリスト教の教えを送って助けてくださるならば、破壊した日本はやがて再生し、世界の平和に貢献できるでしょう」と書いてあった(イワサキ・シュンジロウ、インターナショナル・クラブ会長からトルーマン大統領への手紙、1948年2月10日付、米国立公文書館894・43/2−1048)。また、別の日本人は「われわれはマッカーサーをイエス・キリスト二世だと思っています」と述べた。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第2章 富国日本の現状−4