鶴見俊輔氏の指摘


このマッカーサーの証言を読んで、彼に侮辱されたと今でも思っていない日本人もいる。評論家の鶴見俊輔氏は「『12歳の少年』の一行がひとり歩きして、日本人が誤解した。ゆっくり証言全体を読めば、非常な好意をもって日本人を弁護しているのがわかる。しかも的を射ていた。この誤解は解くべきだ」(「朝日新聞」平成7年4月25日)という。
 
私はマッカーサーの長い証言全文を読んだ。鶴見氏は「非常な好意をもって日本人を弁護している」というが、弁護しているのはマッカーサー自身の業績である。日本の政治家や経済人が、「好意をもって」中国国民や韓国国民を「12歳の子供」だと発言したら、どのような大問題になるか考えてみればよい。
 
また、鶴見氏は、マッカーサーの日本人評価は「的を射ていた」というが、日本文化はそれほど欧米の文化に後れを取っていたのか、それほど劣っていたのか。ナチス・ドイツの国民は熱狂的にヒットラーを支持し、ヨーロッパを踏みにじり、ユダヤ民族の抹殺に全力を尽くしたが、彼らは45歳で、日本人は12歳か。日本は原子爆弾を造る科学技術は持っていなかったが、芸術文化に関しては、マッカーサーの言う「近代文明の尺度」で計っても世界の華である。
 

史上最大の権力者


この証言を読んで、日本人は何も誤解することはない。マッカーサーの言ったとおり、日本人は「12歳の少年」と侮辱されたのだ。彼は日本人と比べて問題にならないほど、自分は優れていたと思っていたのだ。事実、マッカーサーは自分をアレキサンダー大王、シーザー、ナポレオンと比較し、彼の判断では誰よりも自分のほうが上だった。
 

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若かりし頃のマッカーサー(第一次大戦時)


もちろん、マッカーサーは自分がなした偉大な業績を疑わなかった。1951年5月、彼は米国上院議会で「偉大な社会革命がそこ(日本)では起きた」と述べた。彼が日本で始めた革命は、「英国民に自由をもたらしたマグナ・カル夕、あるいはフランスに国際的自由をもたらしたフランス大革命、地方主権の概念を導入したわが国(米国)の革命といった、われわれが経験した偉大な革命とのみ比べることができるのだ」と語った。

 
そこで、マッカーサーが「偉大な革命」と言った日本の教育改革と憲法改定を具体的に見てみよう。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第2章 富国日本の現状−7