無能な日本人

教育使節団の国語改革案に喜んだのはアメリカ政府の国務省で、同使節団派遣を担当したベントン国務次官補は、バーンズ国務長官あての覚書で、「私の判断するところでは、たった一つ、最も印象的だった点がある。それは日本国民の読み書き能力が、これまで過大評価されてきたことを明らかにし、日本のアルファベット普及を勧告したことである」と書いている。

 
ベントンは、「この提案が採用されれば、日本人の生活様式の民主化に多大の貢献をもたらすことになる」とあけすけに喜んだ。要するに、「教育使節団長ジョージ・D・ストッダード博士に聞いたところでは、日本が自慢していた日本人の読み書き能力の高さは、これまた日本の神話にしかすぎなかった」というのである。
 

対独教育使節団の報告書

対日教育使節団の活躍に気を良くしたアメリカ国務省は陸軍長官と相談し、占領されているドイツへも教育使節団を送り込むことを決定した。
 
対ドイツ教育使節団が対日教育使節団と驚くほどの違いを見せているのは、ナチス・ドイツに謙遜した態度で報告を書き上げていることだ。謙遜どころか、それは賞賛に近かった。
 
「いかなる国も、われわれの文明の共通財産に対して、ドイツほど貢献した国はなかった。ドイツの教育問題を取り上げる場合、この功績に目をつむったり、あるいはそれに対する謝意を欠いたりすることがあってはならない」。もちろんのこと、ドイツ語を廃止するなど夢にも考えなかった。対日使節団は、「少なくとも、日本一般市民は、礼節の正しさで世界中に知られている」と褒めたほかには何もない。

対ドイツ使節団が「飢餓や経済の混乱のうえに、民主的自治政府を成功に導くような機構を樹立することは不可能である」と言っているのに、対日使節団は「経済上の要因は重要だが、最も大切であるというわけではない」と述べていた。
 

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対日使節団の汚点


この驚くばかりの差別は、アメリカの人種差別から来るものなのか、それともアメリカはそれほど日本人について無知であったのか。人種差別と無知の両方だ。
 
「教育使節団は、教育とは常に特定の社会なり文化の表現だ、という認識もなしに、日本にアメリカの教育制度を持ち込むべきであると考えていた」と、ジョージ・カウンツは私への書簡の中で言った(1974年5月24日)。

さらに、「使節団員の中で以前に日本に行ったことがある者は私だけだった」と言い、ほかの団員は日本について何も知らなかったという。しかし、「報告書」の評価を著しく下げた「国語ローマ字化」は、日本について多少知識を持っていたコロンビア大学の著名な比較教育学者のカウンツ自身によるものであった。



西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第2章 富国日本の現状−15


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