blog109.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

先週のブログでは「五月病と大学」を取り上げました。
今日は、その続きです。

私が「他己紹介」を体験したのは、高校1年生のときでした。

現代社会を担当している先生が、クラスの時間にお互いを紹介させたのです。

この先生、ちょっと変わった人で、高校1年生の私を相手に大学ゼミレヴェルの授業を展開していました。今でも、高校の授業が大きな糧となっております。

目隠しゲーム

思春期の生徒が抱える心の壁を取り払う方法の一つに「目隠しゲーム」があります。

くじ引きでペアを決め、目隠しされた相手をゴールまで誘導する。

1回目は、声だけで先導。「右、左、前に歩いて」など声をかけてあげます。目隠しをしている生徒は、相手の声を信じるしかありません。

2回目は、障害物などを置いて、手を繋いで誘導させる。

ペアが男女だと、手をつなぐ恥ずかしさもあります。しかし、1度目の「声かけ」で、ちょっとは相手を信頼している。いずれ、自分の順番が次に回ってくるのですから、手をつながなくてはならない。

「好きな人」と「無関係な人」

そもそも、なぜ高校生に「目隠しゲーム」をさせるのか?

それは、「好き・それ以外(無関係・敵)」という単純な視野を崩すためです。

「好きな人以外は無関係」という人間関係では、二分化された世界観になりがちです。

ささいなことから喧嘩をし、「好き」=「親友・友人」の関係が壊れると、すぐ「孤立」してしまう。別れた相手を「無視」すれば済むことですが、「敵」とみなして陰湿なイジメが起きかねない。

「好きな人」と「無関係な人」との人間関係は楽です。コミュニーケーションをするにしても、疲れない。私も人付き合いが苦手なので、つい二分法の発想をしてしまいがちです。

しかし、私たちの日常は複雑です。嵐のような毎日を生きていくには、二分法の発想で生きていくのは困難です。

いまでも授業の思い出が残っているということは、高校で出逢った先生の影響は、大きかったのだと実感します。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参照いたしました。
・山崎和達「夏休み、生徒同士の関係に一石を投じたら」『月刊学校教育相談』ほんの森出版、2014年9月号