予断を許さないアジア情勢

冷戦が激化し、毛沢東が中国全土を共産主義の下に征服し、アメリカが支援していた蔣介石は台湾に蹴り出され、そしてソ連が原爆実験に成功し、朝鮮戦争が起こった2週間後、マッカーサーは日本政府に命じ、警察予備隊を創設し、国内治安を維持し、共産主義者による侵略から日本を守ろうとした。


警察予備隊がのちに自衛隊となり、憲法第9条の当初の意図を冒すおそれが出てきたのである。それゆえに、マッカーサーは事実と噓をないまぜにして逃げ口上を言い、責任を回避しようとした。


「理想」では国を守れない


「世界情勢の変化、日本も直接の危機にさらされる事態となった場合には、日本もまた自国の資源の許す限り最大の防衛力を発揮すべきである。憲法第9条は最高の理想から出たものだが、挑発しないのに攻撃された場合でも自衛権を持たないという解釈は、どうこじつけても出てこない」と、マッカーサーは言う。


さらに、『回想記』の中で「私はこのことを憲法採択の時に声明し、のちに必要になった時に提案したのである」と述べているが、事実は、憲法採択の時(1946年11月3日)ではなく、それから3年以上たった1950年1月1日、日本国民への年頭のメッセージの中で初めて公式声明したのである。当時、米国とソ連はアジア、ヨーロッパで軍事的に世界の覇権を争っていた。朝鮮半島が今にも爆発しそうになっていた時だ。


「2つの種類の戦争」

国の歴史は時々振り返ってみるべきだ。おもしろいことに突き当たる。


今現在、自衛隊大反対、第9条大賛成の日本共産党は、当時、自衛権まで放棄すべきではないと考えていた。


1946年6月28日、衆議院の憲法草案審議の際、野坂参三と吉田首相は戦争放棄について論議した。ちなみにアメリカ陸軍省の軍事情報部は野坂を「日本国民の人気を得ている唯一の共産党指導者」と見ていた。

49f.jpg野坂参三


野坂「戦争には、われわれの考えでは2つの種類の戦争がある。......1つは正しくない不正の戦争である。これは日本の帝国主義者が満州事変以来起こしたあの戦争、他国征服、侵略の戦争である。これは正しくない。同時に侵略された国が自国を守るための戦争は、われわれは正しい戦争と言って差し支えないと思う」


吉田「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせらるるようであるが、私はかくのごときことを認むることが有害であると思うのであります(拍手)。近年の戦争は、多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。ゆえに、正当防衛権を認むることが戦争を誘発するゆえんであると思うのであります」


彼はさらに続けて、


「野坂氏のご意見のごときは有害無益の議論と私は考えます」と言うと、大きな拍手が揚がった。



西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

第2章 富国日本の現状−28