アメリカの上流社会

一例を挙げてみよう。この夫妻(2人とも65歳)は、経済的には「上流社会」に属していた。美しい庭があり、日系人の庭師が週一回、念入りに手入れをしていた。掃除婦は週2回来ていた。中国人女性だった。洗濯も彼女の仕事だった。私の仕事は朝コーヒーを作り(私は抜群のコーヒーを作る)、これを夫妻のべッドルームに朝刊とともに持って行くことと、夕食の料理の手伝いだった。


この夫人は料理が上手で、しかも好きだったので、私にとってはとても良い訓練となった。この家ではディナー・パーティーがたびたびあり、招待された人々は全員もれなくお金持ちだった。アジア系の人や黒人は2人も招待されていなかった。

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頭が悪い≒一文無し

夫妻には娘が1人あり、彼女は結婚していて、息子が2人いた。ある時、「私の娘のハズバンドは頭が悪いのかしら?」と夫人が私につぶやいた。「なぜそう思われるのですか」と聞くと、「あの人、いつまでたってもお金持ちにならないし、今後もなれないんじゃないかしら。やっぱり、頭が悪いのよ」という答えが返ってきた。


この時、アメリカへ来て初めて、「頭脳明晰」イコール「お金」の方程式を聞いたのだ。でも、私にはピンとこなかった。


夕食会での一幕

クビになった直後、9月末に小さなアパートに移った。家賃は当時の60ドル(1ドルが360円の時。スーパーマーケットで1ドルでグレープフルーツが15~20個買えた時)。60ドルは学生にとっては大金だった。アパートには寝室、トイレ、ふろ(シャワーだけ)があり、地下室には洗濯機があった。大きな木々に囲まれた、静かで美しい所だった。


毎週末、友達の誰かの家かアパートでパーティーがあった。院生たちのパーティーの時には、とてもカジュアルな服装で、みんながそれぞれ何か食べ物か、飲み物(バーボン、ビール、ジュース)を持ち寄り、ワイワイと夜遅くまで騒いでいた。年に2回ほど、教授の家に招待された。その時には上着を着て、ワインか花束を持って行った。


高級ワイン

ある時、教授の家での夕食会に招待された時、友達の1人がくれたワインを手土産として教授の家に持って行った。教授の奥さんが、「これはすばらしいワインだわ!高かったでしょう!?」とうれしい大声を発したため、みんながドッと寄ってきて、どれどれとばかりラベルを読み、このワインはなんだかんだと講釈を述べていた。


アメリカ人も日本と同じように、学生は「金」を持っていないと思っているが、大学を卒業し、職に就き、俗に言う「生活」を始めると、アメリカ人が持っている「金に対する本音」が表面に現れる。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第3章 富国日本の現状−2