アメリカ男子の夢

アルバイトをして金を貯め、小遣いを貯め、なんとかしてポンコツ車を買うのが16歳のアメリカ人の夢だ。アメリカでは、両親と子供の間に「最初の車は自分で買え」という暗黙の了解がある。


アメリカで走っている車を見ると、実にポンコツが多い。誇らしげに運転しているのは10代の高校生か大学生だ。ポンコツにもいろいろあって、彼らが買えるのは墓場行き寸前の車である。それゆえ、彼らは「車の墓場」へよく足を運ぶ。部品探しだ。自分で車の修理をする。


私の大学院での友人で、エンジン・オイルを人に頼んで入れてもらう者は一人もいなかった。電球を換える気安さでオイルを換え、エンジンをいじりまくっていた。子供の頃から自動車とともに成長する。


独占市場への挑戦国

第2次大戦で工業先進国のドイツと日本が完敗し、ガレキの山の中で食べ物をあさっている間、戦火を受けなかったアメリカ(ハワイは別)の工業生産力は、世界中で希望の「聖火」だった。アメリカの自動車しか、他に自動車はなかった(イギリスにもジャガーというスタイルのいい車があったが、絶えずエンス卜を起こし、走っているより動かない時間のほうが長いといわれていた。ジャガーは今フォード社が受け継いでいる)。アメリカ人が自国の車が世界で一番と思ったのは当然だ。


1960年代の初め、ドイツからフォルクスワーゲンがアメリカ市場に登場した。小型車のない市場に、空冷式の故障しない車がドイツから来た。ビートル(カブトムシ)またはバグ(虫)との愛称をもらい、すばらしい宣伝広告に支えられて売れた。輸入が間に合わないほど売れた。


ドイツ車の躍進

"フォルクスワーゲン"(「大衆車」)の名づけ親はヒットラーだ。デザインはポルシェ博士。スポーツカーで有名なポルシェだ。ヒットラーがドクター・ポルシェに依頼して製作させた小さな車が、強大なナチス・ドイツの軍事力でもとうてい及ばなかったアメリカにやすやすと浸透していったのは、歴史の皮肉かイジワルか。


飛ぶように売れた。安かったが、お金持ちの人たちも買った。むしろ、ビートル、特にオープカーのビートルに乗っているとカッコ良かったのだ。

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20年ほど前に、突然、フォルクスワーゲン社がビートルの生産を中止した。その代わりに、新デザインの車を打ち出してきた。困惑させるほどまずいデザインで、全く売れず、フォルクスワーゲン社の人気は一気に地に落ちていった。


最近、「ビートル」を新しくデザインし、1997~8年頃から売り出すと発表した。アメリカの各地で催されている「オートショー」で、「新ビートル」はすでに大人気だ。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第3章 富国日本の現状−10