blog123.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

内村鑑三、矢内原忠雄、南原繁、塚本虎二、田島道治、三谷隆信。

日本の歴史に名を刻んだ彼らに共通することは何か?

それは「無教会主義」です。

無教会主義とは、内村鑑三の創始した日本独自のキリスト教運動。従来のキリスト教の伝統や教派にとらわれず、教会組織も儀式的礼拝もない独特の考えは、知識人や学生を中心に多くの賛同者がいました。

「無教会」の思想は、キリスト教の真理に到達するには日本人の心情を通して学べばよい。だから、特定の教会に属する必要はないという「日本的基督教」を目指したのです。

東大総長

無教会主義は、インテリを魅了します。キリスト教を学ぼうとすると、牧師や指導者から学ぶ。だが、彼らが神の権威と自分の主張を混同することがある。そしてついには、教会が権威主義的になってしまう。だから、無教会主義は教会に属することなく、キリスト教を学べる。

無教会の影響力が顕著に現れたのは、占領下の日本。無教会の信奉者が日本の要所要所に就いたのです。

たとえば、東京帝国大学の総長についた南原繁。彼は学生時代から内村鑑三の「無教会主義」の影響を受け、戦時中は終戦工作を試んだ人物。GHQからは日本の自由主義者と思われていました。

南原繁の後任として東京大学総長に就任したのは、矢内原忠雄。彼は第一高等学校時代に新渡戸稲造校長や内村鑑三の影響をうけてクリスチャンとなった。東京帝国大学を卒業して、1920(大正9)年に東京帝大の助教授となり「植民政策学」を論じた経済学者です。

宮中改革と無教会

昭和天皇の膝元でもある宮中でも、無教会主義の人材が登用されました。

宮内省改革がGHQ主導であるという印象をすために首相の芦田均が、「自分が悪者」になると述べ宮中改革を実行。昭和天皇は「当分現状維持で行きたい」と反対なされましたが、「内外に好印象」を与え宮中の民主主義促進のために松平慶民宮内府長官と大金益次郎侍従長が更迭された。

そして、新たに田島道治(たじま みちじ・1885〜1968)が宮内府長官に、三谷隆信(みたに たかのぶ・1892〜1985)が侍従長に就任。この二人は新渡戸稲造・内村鑑三の門下生です。

自由主義的で無教会の信奉者が天皇の側近となり、旧態依然という批判をかわすために、皇室は人事を一新してGHQの歓心を買う必要があったのです。


ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
・三谷隆信『回顧録 侍従長の昭和史』(中央公論新社、1999年)
・徳川義寛『徳川義寛終戦日記』(朝日新聞社、1999年)
・矢内原忠雄『キリスト者の信仰 4 国家の理想』(岩波書店、1982年)