blog127.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

人生において、病気やケガは、誰にでも突然降りかかってくる。

それが異国の地であったら、なおさら大変だ。

昨年、階段を踏み外し、自らの体重を支えることができず、足首が折れてしまった。鈍い音と痛さが襲ってきたが、最初に感じたことは「日本でケガをしてよかった」。

これが、アメリカだったら、大変なことになっていたなと、、、

高額医療費

日本とアメリカは、医療や保険の制度にさまざまな違いがある。まず驚くことは、アメリカの医療費は目が飛び出るほど高額だ。病気になっても我慢する人もいる。無保険の状態で、盲腸で入院したら300万円前後かかる。

リーマンショックが起こる前までは、アメリカにおける自己破産の第一位の原因は「医療費」だった。中間層や低所得者層にとって、家族の病気がそのまま自己破産に直結する。

アメリカの医療費には、料金の細目に医師個人に直接支払う「ドクターズフィー」がある。日本だと、医師への「心付け・謝礼」をする場合もあるが、アメリカだと医師が堂々とドクターズフィーを請求する。それだけ、医師の技術料に高い値段がついている。

医学が進歩するほど、医師になるには多大な時間と金銭を投入して、知識と技術を身につけなくてはならない。長い時間をかけて勉学と医療に研鑽を積んできた医師たちに、相応の処遇をすることも大事なことである。

医術の起源

アメリカの医療や技術に学ぶべき点は多い。だが、日本がアメリカの医療制度をすべて真似てしまうと、倫理観や道徳観が失われてしまう恐れもある。

医学史の大家である富士川游(ふじかわ ゆう・1865〜1940)は、「医術の起源は宗教と同じように、人の苦痛を去ることから始まった」と述べている。たとえば仏教では、「施薬院」(せやくいん)や「悲田院」(ひでんいん)を創設し、怪我や病気で苦しむ人々を救った。

日本の医療界には、「医療は仁術(じんじゅつ)であって、算術ではない」という言葉が残っていた。長らく日本では、医師は「労働者」ではなく「聖職者」という意識が社会に根付いていた。

しかし、現代社会では、医師の職業倫理も変化してきている。作家・山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』が描いたように、貧しく不幸な人々を最善を尽くして救おうとする医師の姿は過去のものとなった。

医学の進歩は日進月歩であり、医療費は増加し続ける。

ともあれ、病気や事故に巻き込まれないよう、日々の健康管理が大事。

「我幸いにして病を得たり」というように悟りを開くことはできないが、人間、痛い目に遭わないと自己反省しないものです。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・南和友『こんな医療でいいですか?』(はる書房、 2009年)
・富士川游『医術と宗教』(書肆心水、 2010年)