マーシャル・プラン

ヨーロッパ復活のためのアメリカの「マーシャルプラン」は外交政策上、最も優れたものの1つとして、今でも高く評価されており、また、その評価も当然である。


世界中にドルをばらまき、全人類を飢餓から救い、経済繁栄の道へ導かんと努力したアメリカは称賛に値する。イデオロギーの問題、すなわち、アメリカにはアメリカ資本主義を広めんがためという下心があったのではないか、という反論も当然絡み合ってくるが、第2次大戦後、アメリカ以外の他のどこの国があれだけ寛大に振る舞ったであろうか。


血の出るような苦しみを味わい、無数の戦死者を出した日本国民にも、アメリカは民主主義と富の権化として見えたのは当たり前だろう。


マッカーシズム

当時のアメリカは湧き出るような自信に満ち、全世界の理想郷であると自負していた。


しかし、ソ連との「冷たい戦争」がアメリカの開放的なムードを変えていき、アメリカの政治情勢が極度に反共産主義的になってきた。中国大陸での中華人民共和国の建国は、アメリカ政府および国民を戦慄させた。共産主義の力をありありと見せつけられた思いであったのだ。


そのためか、アメリカでの「赤狩り」は日本で静かになされたものとは違い、議会およびマスコミで大々的に取り上げられ、共産主義者は売国奴の烙印を押され、真の共産主義者であろうがなかろうが、その疑いあると思われた者はすべてが社会から追放されていった。


89f.jpg「赤狩り」の急先鋒として多くの著名人・政治家らを問責したジョセフ・マッカーシー上院議員


極東の米軍基地

朝鮮戦争が起こると同時に、アメリカはこれぞ共産主義を叩きのめすチャンスとばかりに、勇んで朝鮮半島まで出兵した。だが、アメリカは叩きのめすどころか、叩きのめされそうになったのだ。


しかし、アメリカの出兵でどっさり金が儲かったのは日本。この戦争のおかげで日本経済の復興−−「奇跡的」とまで言われた−−が本格的に始まった。さらに、アメリカの日本占領も短くなったのだ。アメリカが日本の軍事基地としての価値を認識し、日本政府に「基地」と「独立」の引き替えを迫った。


日本は当然「独立」を選んだ。アメリカに基地を提供すれば自衛の問題も解決とばかりに、日本政府は喜んでアメリカと軍事同盟を結んだ。それが、講和条約(独立)と同じ日に調印された「安保」だ。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』
第4章 富国日本の現状−20