いつまで謝り続けるのか


あの大戦争が終結し、50年もたった今日、諸外国から「謝罪しろ」と強制されると、日本はまるで極悪人が懺悔をするかのように土下座する。あの惨敗した日本帝国を裁判にかけた「東京裁判」は一体全体なんのためだったのか。

日本が犯した「罪悪」を償うため、「責任者」を絞首刑にしたではないか。これは謝罪ではないのか。

さらに、戦後50年間、日本の要人は海外で数々の謝罪をしているし、日本の学校教育でも「戦争犯罪」は日本人が日本に対して嫌悪を覚えるほど強調されている。これが真の「謝罪」ではないのか。


日本の適応性


日本帝国が植民地にした国々、戦火に巻き込んだ国々へ膨大な援助金を差し出しているが、これも謝罪の心の表れではないのか。

過去の戦争での残虐行為を反省し、二度と繰り返すことはしないとの決意を新たにすることは大切である。それは個々の人間の良心の問題であり、厳しい取引の場である外交交渉のエサにされるべきではない。

だが、日本政府は諸外国の要求に対し、毎年「全くそのとおりでございます。善処いたします」と頭を下げ、戦後の歴代首相は日本の国内政策をあれこれ変え、有名な日本の「適応性」を示してきた。


NOと言えない日本


橋本首相が通産相時代、自動車部品についてアメリカの要求に「NO」と言って一時的に話題になったが、結局、「一件落着」。アメリカが文句を言わないのは、アメリカの要求を日本政府が国民の目に見えないところで受け入れたからかもしれない。

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戦後日本の心の中に、アメリカに対して「NO」と言えない精神構造ができてしまっているのだろう。言えない日本に対し、アメリカはよりいっそう横暴な態度を示す。

これは、アメリカが日本をお金持ちの筋肉のない肥満児として、一種の妬みと軽蔑をもって見ているからだ。



西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

結び/後記 富国日本の現状−2