丸暗記学習法


「ポーランド事件」以来、自分の英語能力に自信を失いつつあったので、最初のゼミでの無残な経験は、留学生にとってどれくらい英語ができなければ生き残れないのかという水準を、私の脳裏に叩き込んだ。少々の日常英会話能力など、全く役に立たない。

今現在、大学院に留学するために必要なトーフル(TOEFL)600点は当時なかった。トーフルの試験自体がなかった。

私が「地獄絵巻」の最初の1年間を生き延びることができたのは、私の単語力だった。日本を出国する半年前から「豆単」を丸暗記した。各々の単語の使い方もわからないまま、正しい発音を知らないまま、丸暗記した。


ディベート英語


ラジカセ、テープ、ウォークマン、CDなどなかった時代だ。当時の英文学教育は英語で書かれた「古典」を辞書で「読め!」と、ともかく長文を読み、訳すことだった。単語をたくさん知っていると、「英語ができる」と言われた。

私は単語をたくさん覚えていたので、「英語」ができた。当時、ヘミングウェイをほぼ辞書を使わずに読めた。

私のいう「英会話」は、「駅はどこですか」「これはいくらですか」程度の英会話ではない。クラスで「討論・ディべート」ができる能力の英語である。

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すべてが聞き取れる世界


アメリカの大学に1年間滞在すると、英語はほぼ全部聞き取れる。大きな問題は、聞き取れた後から始まるのだ。聞き取れたのだが、それらの単語の意味がわからない。大学のクラスに出席していて、辞書など引いているヒマはない。

まず、それぞれの英単語を日本語で知らなかったら、クラスの討論についていけない。私の場合、発言の仕方、適切な使い方を知らないまま、たくさんの単語を知っていたので、1年たって聞き取れ出した時、突然「新しい世界」に入り込んだようになった。

私は英文は読めたが、読むスピードが遅かった。アメリカ人院生は専門書を1時間で平均30ぺージほど読む。最初の年、私は30ぺージ読むのに夕食直後、夜6時から翌日の午前1時頃までかかった。1科目につき30ぺージぐらい読まされるので、3科目取ると一夜で90ぺージ。乱心状態が普通の精神状態であったと記憶している。




西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

結び/後記 富国日本の現状−7